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  • かんじきを持つ西和賀町雪国文化研究所の小野寺聡研究員
  • 木や岩の上で雪が傘のような形となる「冠雪」
  • 野沢菜の漬物
  • 「北越雪譜」に描かれた大型のかんじき「すかり」
  • 新潟県小千谷市(おぢやし)で、織った布を雪原で漂白する「雪さらし」
  • 西和賀町の雪を利用した農産物貯蔵施設
  • 自然に雪が車輪のような形となる「雪まくり」
  • 西和賀町の碧祥寺博物館に展示されている、雨や雪で体を濡らさないために着用する、首周りに刺繍が施された「ケラ」

January 2022

雪の恵み

かんじきを持つ西和賀町雪国文化研究所の小野寺聡研究員

日本で雪が多く降る地域は、国土の約半分を占めるという。そうした地域で育まれてきた様々な技術や文化について、岩手県の西和賀町(にしわがまち)雪国文化研究所で研究員を務める小野寺聡(おのでら さとし)さんに話を伺った。

日本では冬、多くの地域で雪が降りますが、特に雪が多い地域はどこか教えてください。

北海道、本州の日本海沿岸と山間部は特に多くの雪が降ります。冬にシベリアから吹く冷たい季節風が、日本海の暖かい対馬海流から湧き上がった大量の水蒸気を含んだ雲を日本に運びます。その雲が北海道や本州上空で発達し、多くの雪を降らせるのです。

こうした気象条件により、日本は同じ緯度に位置する他の国々と比べて、雪がとても多いです。例えば、本州有数の豪雪地帯である新潟県や長野県は、ヨーロッパではギリシャのアテネ市やポルトガルのリスボン市、北米ではサンフランシスコ市など温暖な地域とほぼ同じ緯度にあります。

1962年に制定された「豪雪地帯対策特別措置法」に基づき、雪の多い地域は「豪雪地帯」として政府が指定します。国は豪雪地帯の生活水準の向上、産業の振興、災害の防止などの対策を実施していますが、2021年4月現在、豪雪地帯に指定されている地域は日本の国土の約51パーセント*を占め、そこに住む人々は全人口の約15パーセント(約1900万人)にのぼります。

私が暮らす岩手県西和賀町は本州の北部、東北地方の山間部にあり、豪雪地帯の中でも特に雪が多い「特別豪雪地帯」に指定されています。ここでは12月中旬から4月中旬までの間、積もった雪が溶けることがなく、2月初旬から3月初旬にかけては約2メートルの雪が積もります。

科学技術が発達する前、多くの雪が降り、寒さも厳しい冬を乗り越えるために、人々はどのような工夫を編み出してきたでしょうか。

冬には新鮮な野菜を手に入れることが難しい豪雪地では、野菜などを様々な方法で保存しました。例えば、漬物です。山で自然に生えている山菜や畑で栽培している野菜を旬の時期に食べるだけではなく、塩や味噌に漬けて、冬にも食べられる保存食にするのです。ここ西和賀町では古くから、木製の樽に大根一本丸ごとを塩で漬け込む「一本漬け」が作られています。同じように、新潟県や長野県では、野沢菜という野菜を塩で漬けた漬物が名産となっています。

野沢菜の漬物

豪雪地の人々は様々な道具も開発しました。雪の上を足が沈まずに歩くための道具「かんじき」は、その一つです。かんじきは、細長く切った木材をお湯や囲炉裏の灰などの熱を使って曲げて、外側のフレームを作ります。その形は、作られた地域によって、円形や楕円状など多様です。かんじきを靴の下に履くことで、雪に接する足裏の面積を広げると、雪にかかる体重が分散され、それほど雪に沈みこまず、比較的楽に歩けるのです。

「北越雪譜」に描かれた大型のかんじき「すかり」

北米の先住民など、海外の豪雪地に暮らす人々も似たようなものを作っていますが、日本各地でも様々なものが作られてきました。越後(現在の新潟県)の商人、鈴木牧之(すずき ぼくし)(1770-1842年)が、豪雪地である越後の自然、風習、産業など幅広く記した「北越雪譜」(ほくえつせっぷ)には、「すかり」と呼ばれる大型のかんじきが紹介されています。1837年に出版された北越雪請には、江戸(現在の東京)など都市の人々にはほとんど知られていかなった豪雪地の実情が詳しく描かれており、当時ベストセラーとなりました。

今、かんじきは一般的にあまり使われていませんが、雪国文化研究所では、かんじきで雪上を歩く体験プログラムを提供しています。参加者は皆さん、普段は歩くことができない雪原での雪の感触や、真っ白に広がる雪景色に感激しています。

豪雪地ではどのような文化が育まれてきたかを教えてください。

例えば、織物が挙げられます。明治時代(1868-1912年)に機械式の織機が普及するまで、農村では農閑期の冬に主に女性によって布が織られ、農家の貴重な現金収入源となっていました。豪雪地の織物として特に有名なのが、ユネスコの無形文化遺産に登録されている新潟県の小千谷縮(おぢやちぢみ)と越後上布(えちごじょうふ)です。麻の一種であるカラムシから紡がれる糸で織られるもので、布を漂白するために雪の上にさらす「雪さらし」など、その作り方が北越雪請でも詳しく紹介されています。

新潟県小千谷市(おぢやし)で、織った布を雪原で漂白する「雪さらし」

また、豪雪地の農村では、「結(ゆい)」と呼ばれる相互扶助の文化が育まれ、田植えや稲刈り、家の建築・補修、冬の雪かきなどの作業を、住民が共同して行っていました。厳しい自然環境の中では、住民同志の助け合いが不可欠だったのです。

近年、高齢化が進む農村では、家の雪かきができる人が減少し、深刻な問題となっています。そうした中、若い世代が中心となって、高齢者が住む家の雪かきを行うボランティアの集団「スノーバスターズ」が1993年に西和賀町で結成され、その後、他の地域へと広がりました。これも豪雪地で「結」の伝統が受け継がれているからこそだと思います。

日本で雪はどのように利用されているでしょうか。

雪は春に大量の雪解け水となり、人々に大きな恵みをもたらしています。多くの豪雪地では、豊富な雪解け水のお陰で、稲作が盛んとなっています。工業用水や水力発電にも雪解け水は欠かせません。

近年は雪が環境にやさしいエネルギー資源として利用されるようになっています。その取組を全国に先駆けて行なってきたのが西和賀町です。1989年、貯雪室を備えた農産物貯蔵施設が初めて建てられました。2000年には施設の拡幅を行い、貯雪量を250トンに増やしました。貯雪室の雪で空気を冷やし、それが貯蔵室の農産物を冷やすという仕組みです。1994年には、別に貯雪量150トンの施設も作られました。これらの貯蔵施設では、ユリの切花、リンゴ、イチゴ、ソバの実などの農産物が冷蔵されます。年間を通じて施設内の温度が0〜4度、湿度が85〜99パーセントに保たれることで、農産物の長期の保存を可能にしています。

西和賀町の雪を利用した農産物貯蔵施設

1990年代以降、北海道、山形県、新潟県などの豪雪地でも、建物の冷房や農産物の貯蔵に雪を活用する取組が広がりました。これまで、道路や建物から取り除かれた雪のほとんどは、川や排水路に捨てたり、広場に積まれたりするだけでした。雪を資源として利用することは、化石燃料の節約、二酸化炭素排出削減のために、今後さらに重要になると思います。

新型コロナ感染症収束後、雪が降る季節に日本を訪れる外国人の方に体験して頂きたいことをご紹介ください。

雪に直接、触れたり、見たりして頂きたいです。かんじきで雪の上を歩いたり、かんじきを作ったりといったプログラムは各地で提供されていますし、青森県の津軽では地吹雪を体験するツアーも行われています(Highlighting Japan 2018年2月号「地吹雪の中での冒険」参照)。

雪の造形にも注目してほしいです。雪国文化研究所の初代所長を務めた高橋喜平(1910-2006年)は雪が作り出す様々な形の美しさに気付き、数多くの写真を撮影しています。例えば、「冠雪」(かんせつ)は木や石の上にキノコの傘のような形に積もるもので、「雪まくり」は雪の塊が斜面を転がって、車輪のような形となったものです。少し注意して雪景色を眺めると、こうした自然の造形美を見つけ出すことができるでしょう。

木や岩の上で雪が傘のような形となる「冠雪」
自然に雪が車輪のような形となる「雪まくり」

豪雪地ならではの文化財も見て頂きたいです。西和賀町の碧祥寺博物館(へきしょうじはくぶつかん)では、国の重要有形民俗文化財も含め、衣服、履物、ソリ、農機具、狩猟用具など1万点以上が展示されており、豪雪地の人々の生活を知ることができます。博物館には、雨や雪で体が濡れないために着用する、植物の葉でできた、袖のないレインコートのような「ケラ」が数多く展示されています。その中でも、結婚する娘に母親が作って贈る特別なケラの首周りには美しい刺繍が施されており、娘の幸せを願う母親の愛情を感じることができます。

西和賀町の碧祥寺博物館に展示されている、雨や雪で体を濡らさないために着用する、首周りに刺繍が施された「ケラ」

こうした豪雪地の自然、そして、そこで受け継がれる伝統や文化を多くの人に知って頂きたいです。

* 国土交通省のウェブサイト参照。https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/chisei/crd_chisei_tk_000010.html