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  • 佐渡島の夕日
  • 佐渡島の海岸風景
  • 貴金属鉱山では日本初の洋式竪坑
  • 相川金銀山。人々の採掘によって裂け目が生じた山。
  • 相川金銀山の明治期以降の採掘跡
  • きらりうむ佐渡の展示
  • 金貨の模型(きらりうむ佐渡)
  • 南蛮えび
  • 黄色のカンゾウ
  • 国の特別天然記念物のトキ

November 2021

世界遺産をめざす「金の島」

佐渡島の夕日

日本海最大の島、佐渡島(さどがしま、又はさどしま)は、16世紀中期から金銀山開発が本格化し、かつては我が国最大の金の産出地であった。今なお、その痕跡を残す島は、世界文化遺産の登録を目指している。

佐渡島の海岸風景

日本の本州でも、北寄りの日本海側に位置する新潟県の西部、日本海に浮かぶ佐渡島は面積が約855平方キロメート、日本海の離島の中では最も大きな島である。この島には、かつて50あまりの鉱山があり、およそ400年にわたって大量の金や銀を産出していた。現在、その遺跡群は佐渡金銀山と呼ばれ、世界文化遺産の候補(暫定リストに記載)となっている。

貴金属鉱山では日本初の洋式竪坑

「金の島」として栄えた佐渡島について、佐渡市の世界遺産推進課で世界遺産保存係、係長を務める宇佐美亮さんは「砂金の採れる島として佐渡が初めて文献に登場したのは12世紀末のことでした。その後、16世紀から17世紀にかけて金や銀の大きな鉱脈が次々と発見され、本格的な採掘が行われるようになっていったのです。このうち相川金銀山の金銀鉱脈は、東西約3,000メートル、南北600メートル、深さ800メートルにも広がり、坑道の総延長は約400キロメートルもあったと言います 」と説明する。

相川金銀山が休山となる1989年までの約400年間、佐渡で産出された金は、約78トン、銀は約2330トンに上る。その金銀は、江戸時代には徳川幕府の財政を支え、幕府が滅んだ後は、新政府の直営鉱山として近代化の一翼を担った。

相川金銀山。人々の採掘によって裂け目が生じた山。

佐渡金銀山が世界文化遺産暫定リストに記載されたのは、様々な時代の鉱山が良好な状態で保存されている点にあるという。

島内には、鉱山そのものの遺構のほか、大型映像によって金銀山について解説してくれる総合ガイダンス施設『きらりうむ佐渡』等展示施設がいくつかあり、時代ごとの鉱山技術の進化や、その歴史について正確に伝えている。

相川金銀山の明治期以降の採掘跡

江戸時代前期に掘られた坑道「宗太夫坑(そうだゆうこう)」は、採掘作業の様子を人形などによって忠実に再現している。また、近くの展示資料館では、当時製造された様々な金貨(大判・小判)を見ることができる。同資料館の名物は、重さ12.5キログラムの純金延べ棒(時価約9000万円)を小さな穴から取り出すチャレンジ・コーナー。成功した人は記念品がもらえる。

きらりうむ佐渡の展示
金貨の模型(きらりうむ佐渡)

「『きらりうむ佐渡』では、プロジェクションマッピングなどの技術が使われており、当時の人々が様々な工夫をして鉱石を採掘したことが良く分かります」と宇佐美さんは話す。

佐渡は自然も美しい。季節風や海流の影響によって、1700種にも及ぶ植物が自生し、日本列島の植生の縮図とも言われている。その豊かな自然環境の中、国の特別天然記念物であり、国際保護鳥でもある希少品種、トキが生息する。

そして、佐渡は「食」を楽しめる島でもある。2011年、島全体が「トキと共生する佐渡の里山」として、能登とともに日本で初めて世界農業遺産(GIAHS)に認定された。佐渡産のお米「コシヒカリ」は高く評価されており、佐渡固有の「ひげ地鶏」、「佐渡牛」なども名物である。日本酒もいくつかの蔵元があり、極めて品質が高い。さらには、寒流と暖流が交差する海に四方を囲まれ、漁に好条件な島であることから、多くの種類の海産物が味わえる。ブリ、イカ、本マグロ、カニ、エビなどが絶品である。「佐渡は三度来ないと分からない」と言う言葉がある。一度訪ねただけでは味わいきれない、たくさんの魅力が、世界遺産をめざす「金の島」には凝縮されているのである。

南蛮えび
黄色のカンゾウ
国の特別天然記念物のトキ