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  • さいたまゴールド・シアター集合写真(2017年)
  • 『ワレワレのモロモロ』舞台写真(2018年)
  • 『船上のピクニック』舞台写真(2007年)
  • 百元夏繪さん

February 2021

人生を演ずる

さいたまゴールド・シアター集合写真(2017年)

専業主婦だった63歳の一人の女性が、劇団員となり、演劇を始めた。彼女は、数々の舞台を経験して、78歳となった今でも、「演じること」に人生をかけている。

百元夏繪さん

2006年2月、当時、国内外で活躍していた著名な演出家の蜷川幸雄氏(にながわ ゆきお。1935-2016)が55歳以上のメンバーのみで構成され、埼玉県さいたま市の「彩の国さいたま芸術劇場」を拠点とする劇団「さいたまゴールド・シアター」を立ち上げるため、演技経験の有無を問わず広く劇団員を募集するという記事が新聞に掲載された。「プロの役者を育成する」と書かれていたその小さな記事を目にした百元夏繪(ひゃくもと なつえ)さん(現在78歳)は、当時、「専業主婦のまま終わりたくない。何か明確な目的が持てる生き方をしたい」と思っていたので、これだと直感し、切り抜いて食卓の上に置いていた。しかし受かる自信もなかったために迷っていると、「早くしないと間に合わないよ。受けてみたら」と夫に言われて、応募に踏み切った。それが、新たな人生への始まりだった。

当時63歳だった百元さんは、国内外からの1200名に及ぶ応募者から選ばれた48人の劇団員の一人として選ばれ、それまでと一変する生活が始まった。

毎日、東京の自宅から片道90分かけて劇場に通い、朝9時から夕方4時までトレーニングと座学を受ける日々が1年半続いた。2回の中間発表公演を経て、2007年の夏、劇団の記念すべき『船上のピクニック』と題する旗揚げ公演の幕が開いた。その荒筋は、大量にリストラされた人々の、海外での再雇用に向かう船上を舞台に繰り広げられる希望と不安が入り乱れる人生模様が展開する。そして、そんな中、異国の難民を助け上げて舞台は急展開を見せるというもの。少し前まで芝居とは無縁だった人たちが挑んだ初の大舞台の幕が開いた。

『船上のピクニック』舞台写真(2007年)

「もう心臓が爆発しそうなくらい緊張しました。蜷川さんに教えられたことを思い出しながら演じることで精一杯でした」という百元さんの言葉から、その時の興奮がそのまま伝わってくるようだ。

シニアの豊富な人生経験がにじみ出る演技を求めた蜷川さんの厳しい指導を受けながら、百元さんはこれまで全ての劇団公演と外部の公演をあわせて数多くの舞台に立った。2013年には国内ツアー、更には、フランスのパリなどでの海外公演も経験した。

蜷川さんの稽古を振り返り、「素人だからと容赦はありません。“やめちまえ!”、“それでも役者か!”という怒号が飛ぶこともしょっちゅうです。物が飛んでくることはなかったですが」と言って笑う百元さんだが、「蜷川さんにたたき込まれたのは、長い人生の中で経験した喜びや悲しみを思い起こして芝居に活かせる役者になれということでした」と語り真顔になる。

2016年5月、蜷川さんはこの世を去った。

誰もがショックを受けたが、「それでも、芝居が好きでここまで来たのだから止めないで続けていこう、蜷川さんの教えを忘れずにがんばろうと一致団結したのです」と、その時の想いを百元さんは言う。

『ワレワレのモロモロ』舞台写真(2018年)

現在の団員は男性10人、女性25人、全員で35人。全員、創立時のメンバーである。創立から約15年が経ち、劇団員の平均年齢は81.4歳、最高齢は95歳の女性である。

「皆さん病気などで一時離脱しても、また戻ってくるんですよ。生きがいなんです。私にとっても、劇団はすっかり生活の中心になっています。身体を使うことで以前より健康になったのはもちろん、日常生活でも自分の考えをしっかり主張できるようになりました。周りの人から“変わったね、生き生きしてる”とよく言われます」

コロナ禍の中で、2020年の公演は全て中止となり今年も不透明な状況が続く。それでも百元さんは、ずっと「さいたまゴールド・シアター」の役者であり続けたいと言う。

「“生活の99%は全て芝居につながるんだよ”という蜷川さんがよくおっしゃっていた言葉を噛(か)みしめています。日常のいろいろなことを心の引き出しに入れて、これからのお芝居に活かしていきたいです」

百元さんを始めとする高齢者だけの舞台が、再開されることを楽しみに待ちたい。人生はあたかも物語である、という。人は皆、それぞれの人生の主人公である。何かを演じながら人生を生き、物語を紡いでゆく。