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INDEX

  • 秩父蒸留所の洋ナシの形をした2基の蒸留器
  • 埼玉県秩父市にある秩父蒸溜所
  • イチローズモルト <ワインウッドリザーブ>
  • 羽生市の蒸溜所で造られたシングルモルト原酒と、秩父蒸溜所のモルト原酒をブレンドしたダブル・ディスティラリーズ
  • 秩父蒸留所の倉庫に積まれた、様々な種類の楢(ナラ)で作られた樽の中で、ウイスキーが熟成される。
  • 秩父ウイスキー祭

January 2021

秩父の自然が生み出す世界的ウイスキー

埼玉県秩父市にある秩父蒸溜所

自然豊かな埼玉県秩父の地元の天然水やオオムギを原料にして生まれるウイスキーは、世界中で愛好者を獲得している。

秩父蒸留所の洋ナシの形をした2基の蒸留器

埼玉県の北西部にある秩父市は、その面積の9割近くを森林が占めている。市内の中央には山々からの水を集め、東京湾へと注ぐ荒川が流れている。そうした自然豊かな秩父でウイスキーを造っているのが、肥土伊知郎(あくと・いちろう)さんである。彼の実家は、17世紀から秩父で日本酒を造ってきた酒蔵で、祖父の代からは同県羽生市(はにゅうし)の蒸溜所でウイスキー造りにも取組んでいた。しかし、肥土さんが2001年に21代目当主となって間も無く、父の代から経営が厳しくなっていた酒蔵は他県の会社へ営業譲渡せざるを得なくなった。そのため、蒸溜所で最長20年近く熟成されてきた原酒400樽も廃棄される危機に直面した。

秩父蒸留所の倉庫に積まれた、様々な種類の楢(ナラ)で作られた樽の中で、ウイスキーが熟成される。

「原酒の貯蔵には資金がかかりますから、営業を譲渡した企業は全ての樽を廃棄し、ウイスキー事業から撤退することを決めました。しかし、肥土は納得ができず、夜も眠れないほど悩んだそうです。そこで新会社のベンチャーウイスキーを2004年に立ち上げ、父の原酒を引き取ることに決めました」と同社のグローバルブランドアンバサダー、吉川由美さんは語る。

蒸溜所は取り壊されたが、幸い、ウイスキーの損失を憂いた福島県の酒蔵が原酒を一時的に預かることを了解し、廃棄は避けられた。肥土さんは、この原酒を使い、最初のウイスキー「イチローズモルト」を2005年に販売を開始、バーや酒屋を一軒一軒周り、宣伝した。やがてイチローズモルトは口コミで評判が広がり始め、2006年にイギリスのウイスキー専門誌の日本のウイスキー部門のコンテストで金賞を受賞すると、その人気が一気に高まった。

イチローズモルト <ワインウッドリザーブ>

2008年には、自社の蒸溜所である「秩父蒸溜所」が稼働を始めた。肥土さんが故郷の秩父に蒸溜所を建てた大きな理由は、その環境にある。一つは、良質な水に恵まれていることである。その水は、適度にミネラル分を含み、硬すぎず、柔らかすぎず、くせがない。そして、寒暖差が大きいことである。冬は朝晩マイナス5~10度まで冷え込む一方、夏は30度を超える。この寒暖差がウイスキーの熟成をより早く進める。

同社のウイスキー造りの特徴は、粉砕した麦芽から抽出した麦汁を発酵させる発酵槽にある。一般的に使われるステンレス製や針葉樹製ではなく、日本固有の広葉樹であるミズナラを使った木桶を使用しているのである。

羽生市の蒸溜所で造られたシングルモルト原酒と、秩父蒸溜所のモルト原酒をブレンドしたダブル・ディスティラリーズ

「ミズナラに棲(す)みついている乳酸菌がフルーティーな香りを生成し、より複雑なウイスキーの香りを生み出します。ウイスキーの発酵期間は、通常48〜72時間程度ですが、私たちはあえて平均90~100時間かけて発酵させ、香りを最大限に引き出すことにしています」と吉川さんは話す。

麦芽にはイギリス産のものも使用するが、地元の秩父産オオムギも10~15%使っている。秩父産のオオムギもフルーティーな香りに大きく影響しているという。

秩父蒸溜所で最初に造られた「秩父ザ・ファースト」は、2011年に7,400本が発売されるが、発売当日に予約で完売となった。その後も同社は、世界的なウイスキーコンテスト「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)」で、2020年のBlended Limited Release世界最高賞など、様々な部門で受賞や入賞を続け、国内外から高い評価を受けている。また、2019年には、社長である肥土さん自身が「インターナショナルスピリッツチャレンジ」(ISC)でブレンダー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。秩父でウイスキー造りが始まったことをきっかけに、2014年から毎年2月に市内で、「秩父ウイスキー祭」が開催されている。祭りでは、国内外のウイスキーメーカーが集まり、試飲や購入ができるほか、ウイスキー造りに携わる人や評論家などを講師に迎えたセミナーが実施され、数多くの人が国内外から訪れている。2021年は新型コロナウイルスの影響を考慮し、秩父を拠点に、オンラインでの蒸溜所バーチャルツアーやセミナーなどが行われる予定である。次の試飲まで、静かに熟成が進むのを待ちたい。

秩父ウイスキー祭