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INDEX

  • インクを使わないOM技術で作製した「神奈川沖浪裏」と蝶
  • OM技術により印刷されたフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」
  • OM技術で作られた、構造色を生む多層構造のポリマーの断面図
  • 構造色であるCDの虹色

October 2020

インクを使わずに高精細、フルカラー印刷ができる新技術

インクを使わないOM技術で作製した「神奈川沖浪裏」と蝶

京都大学の研究チームが新技術を開発し、インクを使わずに浮世絵などの多色彩色の絵画を高精細、フルカラーで再現印刷をすることに成功した。現在、実用化に向けて更なる技術開発を進めている。

OM技術により印刷されたフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」

コンパクト・ディスク(CD)は、それ自体に色が付いていないにも関わらず、光の当たり方によって、表面に虹色が表れる。これは、CDの表面に、データを記録するため規則正しく並んでいる微細な凹凸に光が当たることで、反射した光の波長が互いに「干渉」*し、赤や青などの色の光となって見えるのである。凹凸など表面の構造によって色が作られているので「構造色」と呼ばれる。タマムシの体の光沢ある緑や赤、クジャクの羽の目玉模様なども構造色の代表的な例である。タマムシの場合、その体の表面は幾つもの膜の層が重なっており、それぞれの層が反射する光が干渉することで、表面に色が付いているかのように見える。

京都大学のシバニア・イーサン教授と伊藤真陽特定助教らの研究グループは、この構造色を人工的に作り出す新しい技術を開発し、インクを使わないで多色の超高精細印刷を実現させた。

研究グループが新技術を使ってフルカラーで作製したものの一つが、浮世絵の名作として世界に広く知られている葛飾北斎の「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」である。実物は、縦25.7センチメートル×横37.9センチメートルの版木に、白と青で表現された荒れ狂う波に3艘(そう)の船、そして富士山を描く大胆な構図が収められた作品であるが、これをわずか1ミリメートル幅の極小サイズに、インクを使わず構造色で再現した。

構造色を生み出すためには、CDやタマムシのように、光を様々な色に反射する凹凸、あるいは多層構造を物質の表面に人工的に作る必要がある。そのために研究グループが開発したのが「クレージング(亀裂)」を応用した技術である。クレージングとは、プラスチックなどのポリマー(高分子)に圧力を加えるとその内部に亀裂が生じて、そこに「フィブリル」と呼ばれるナノメートル (100万分の1ミリメートル) スケールの繊維状の構造ができる作用のことである。身近な例を挙げれば、プラスチックのクリアファイルを折り曲げると曲げた部分が白くなるのがクレージングである。色が白くなるのは、曲げた部分のプラスチックの色素が白に変色したからではなく、クレージングで生じるフィブリルによって、曲げた部分が光を白く反射する構造へと変化したからである。

OM技術で作られた、構造色を生む多層構造のポリマーの断面図

研究グループが開発した「OM(Organized Microfibrillation)」と呼ばれる技術は、LEDの光をポリマーに照射してクレージングを起こし、タマムシの体の表面のように、構造色を生み出す多層構造のフィブリルをポリマーに形成する技術である。この技術を使えば、特定の場所に、赤や青など、それぞれの光を反射する構造のフィブリルを作ることもできる。

通常の印刷では、小さな点(ドット)を集積させて画像を表す。ドットを小さくし、ドットの数を多くすれば、より高繊細な印刷が可能となる。今回、研究グループが再現した作品も、構造色を生むドットを集積させて画像を表現している。

「より高繊細な画像を作るために、ドットをいかに小さくできるかに苦労しました。最終的には14000dpi(1インチの中に14000ドット)の画像解像度を実現しています。構造色は光の繊細なコントロールで発色するので、見る角度によって色が変化するなど、インクでは表現できない光と色の効果を表現できます。また、化学物質であるインクを使わないので、時間が経っても退色しませんし、インク製造や印刷の際に出る廃棄物の排出も抑制できるので、環境にもやさしいと言えます」と研究グループの伊藤さんは話す。

構造色であるCDの虹色

現在、研究グループは実用化に向けて、クレージングを起こす光を照射する装置の大型化に取り組んでいる。現在の装置は10センチメートル四方の大きさしか照射できないが、それを数メートル四方にまで広げられれば、大型で高精細な印刷が可能になる。

「OM技術のセキュリティ印刷分野での実用化を目指しています。ポリマー内部の亀裂であるフィブリルは模倣されにくいため、商品券や身分証明書などの偽造防止などに応用できると考えています」と伊藤さんは話す。

* 光の干渉とは、複数の光の波長が重なり合うことで、光が強くなったり、弱くなったりする現象。