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  • 絹でできた桜
  • 絹で作られたススキと白鷺の平薬
  • 西陣の糸
  • 五節句にちなむ菊や菖蒲などの草花を集めた平薬

September 2020

宮中の雅を今に伝える絹の造花

絹でできた桜

日本には、8世紀頃、宮廷文化の一つとして絹で花をつくって飾る習わしが始まり、今日に至っているが、一人の造花師がその伝統を積極的に広めている。

絹で作られたススキと白鷺の平薬

「有職」とは、宮中を始めとして、公家(くげ。天皇に仕える貴族)や武家の儀式や行事の決まりごとのことであり、有職造花(ゆうそくぞうか)も、それらの行事を行う際に飾られ、一定の形式にのっとってつくられる。8世紀中頃に詠まれた和歌にも登場し、14世紀には華林流という造花の流派が創始され、宮廷文化の一つとして発展してきた。

日本の宮中行事の中でも、1月7日、3月3日、5月5日、7月7日、そして9月9日の「五節句」は中国由来で、季節の変わり目に邪気を払う重要な行事とされ、民間にも広まり、現代の日本でも引き継がれている。

有職造花は、宮中の行事の装飾から、やがて武家でも婚礼の儀式などでも飾るようになり、より時代が下がると、一般家庭の行事やお祝いにも広がった。

宮中の行事を起源とし、今日の日本で最も一般的なものは、3月3日の「桃の節句」に、女の子のいる家庭で、健やかな成長と幸福を願って、宮廷装束をまとう「ひな人形」を飾る習慣がある。その際、人形とともに、有識造花である「桜」と「橘」の木の造花を飾る。

西陣の糸

ほかにも、造花の中に香を入れた玉を仕込んだ「薬玉(くすだま)」や、「平薬(ひらくす)」など、様々な定型様式が今日に残されている。その花の美しいデザインは、宮廷風で雅びやかである。

その雅びやかさに魅了されて、独学で技法を学び、現在では数少ない有職造花師の一人となった大木素十(おおき すじゅう)さんは、「草花の模倣ではなく、写実に徹する。そこから美しさをデフォルメし、有職造花の様式美へと高めることが最大の魅力」だと語る。実物より濃く鮮やかな色合いも、電灯のなかった昔、薄暗い室内でも華やかに見えるように演出された様式の一つである。

有職造花では、染色して和紙で裏打ちした絹布を、金型で抜いたりハサミで切り取ったりして花や花びら、葉などを作り、そこに熱したコテ(金属製の絹を平らにならしたりする道具)をあてながら、優雅な曲線を持つ立体的な形に仕上げていく。様々な種類の抜き型やコテを使って、一つ一つ丹念に作られたパーツは、絹糸と芯材で草木の姿にまとめられる。桜の立木造花には3千もの花を咲かせるという。気の遠くなるような手間と時間がかかる仕事である。

五節句にちなむ菊や菖蒲などの草花を集めた平薬

「紙でも同じような造形はできますが、質感が絹とはまるで違う。絹の柔らかみがある光沢が造花に命を吹き込み、王朝文化の風格を再現してくれるのです」と大木さんは言う。

絹糸は京都・西陣で帯を織るための糸と同じものである。例えば松葉の表現には少し硬めで縮れのある絹糸を、ススキの穂にはしなやかで光沢のある絹糸をというふうに、絹糸の種類や色数の確保も欠かせない。

「有職造花づくりも需要が少なくなり、かつては分業で行われていた作業を私は全て一人でやっています。抜き型やコテを作る専門の職人もいなくなり、技法を後世に伝えていくことはかなり難しいでしょうね」と憂う大木さんは、有職造花の歴史を発掘し世に残すために、古い文献に記述されている有職造花の再現に務めている。その一方で、日常の散策で出会う何気ない季節の風景を表現する新しい試みも行っている。「見るもの全てが有職造花になってしまう」と大木さんは言う。自身の見た日常の景色を、草花だけではなく、月や動物や昆虫などと一緒に、伝統的な様式の枠の中で表現している。今、有職造花の伝統が再び根付き、花開こうとしている。