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  • 従来の手動タイプのピペットを使う研究者
  • pipettyの技術の中心となる、岩手大学と共同開発した、プラスチック歯車の小さなマイクロアクチュエーター
  • ペン型電動ピペット「pipetty」

July 2020

正確で高精度の検査を支える電動ピペット

従来の手動タイプのピペットを使う研究者

医療現場や化学分野の試験、実験などで、極めて少量の液体を検査・分析するために「ピペット」と呼ばれる器具が広く使われている。日本の岩手県のベンチャー企業が、カメラ用の精密部品製造の技術をいかし、世界最小・最軽量でありながら作業負担軽減と精度の向上を実現した電動ピペットの開発に成功した。

pipettyの技術の中心となる、岩手大学と共同開発した、プラスチック歯車の小さなマイクロアクチュエーター

試薬など少量の液体を必要なだけ分注(吸引/吐出)する「ピペット」と呼ばれるスポイト状の器具が、新型コロナウィルスの感染を判定するPCR検査を始め、様々な分析や試験、化学実験などで使われている。ピペットは大きく分けるとマニュアル(手動)タイプと電動タイプの2種類がある。株式会社アイカムス・ラボの代表取締役、片野圭二さんは、世界最小・最軽量のペン型電動ピペット「pipetty」(ピペッティ)の開発に成功した。

同社は、国立大学法人岩手大学と連携して、「マイクロアクチュエーター」という超微細な駆動装置を開発し、主に一眼レフカメラや測量器具に組み込まれる高精度な部品として生産を行ってきた。

「独自に開発した製法で作る当社のアクチュエーターは、高性能かつ低価格なため、非常に高い評価を頂いてきました。しかし、2003年の起業から数年ほどたった頃から、メーカーに部品として供給するだけでなく、オリジナル製品を売りたいという気持ちが強くなっていきました。そこで出会ったのがピペットでした。」と片野さんは語る。

現在、世界で使われるピペットの95パーセントは一回ごとに試薬を吸引し分注を繰り返すマニュアルタイプである。これを使いこなすには習熟が必要な上、長時間にわたる作業のために研究者の中には腱鞘(けんしょう)炎を患う人も少なくなかった。

pipettyは、長さ135ミリメートル、重さ75グラムと、一般的な製品の約半分という画期的なコンパクトさが特徴で、しかも、試薬をまとめて吸引し、繰り返して正確に吐出する連続分注が可能である。価格も従来の電動ピペットの半分から3分の1程度に抑えられている。

ペン型電動ピペット「pipetty」

「心臓部のアクチュエーターは直径が8ミリメートル、全長が10ミリメートルほどで、そこに1ミリメートルのプラスチック歯車などが組み込まれています。これほど小さなアクチュエーターを量産できるのは当社だけです。この技術がなければ世界最小の電動ピペットを作ることは不可能でした」と片野さんは語る。

また、ピペットには作業者の体温でピペット内部の温度が上昇する「ハンドウォーミング」と呼ばれる問題がある。作業者の手の温度によってピペット内部の温度が5℃上昇すると、分注される液体の体積は1.8パーセント減少し、分注精度が低下する。この問題に気づいた片野さんらは、世界で初めてピペット内部の温度を検出して上昇を制御するシステムをpipettyに組み込んで製品化した。

2013年、世に送り出されたpipettyは、国内はもとより世界中の医療、研究現場から高い評価を得ている。中でも片野さんが嬉しかったのは「長年、苦しめられてきた腱鞘炎の痛みから、ようやく解放されました」という研究者の生の声を聞いた時だった。pipettyは既存のピペットの持ち方に加えて、ペンのような握り方で分注スイッチを押すことができるため、細かい作業が格段に効率的にできるようになっている。

同社は、今年4月、分注作業工程管理や正確な分注量など細かな設定をスマートフォンなどから行えるようにしたBluetooth搭載のpipetty Smartの販売も開始した。

片野さんのものづくりは、作業者の負担軽減ばかりでなく、正確な作業を支え、検査や研究成果の信頼性向上に貢献するものである。開発チームのメンバーとともに、そのことに喜びを見いだし、更なる医療機器やサイエンス機器の開発に注力している。

ハンドウォーミング現象
従来のピペットは、手の熱がピペット内部に伝わり、分注精度を悪化させる「ハンドウォーミング」の問題が指摘されています。
(右:赤外線温度計で測定した従来型ピペットの熱)