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  • ツチニカエルでんち(土に還る電池)の試作品(長さ約25mm)

June 2020

土に還る電池

ツチニカエルでんち(土に還る電池)の試作品(長さ約25mm)

日本の情報通信事業者が、自然の中で分解されて環境に悪影響を与えない、環境モニタリング装置用の電池を開発した。

社会インフラ、産業システムはもとより自然環境の中にも組み込まれている様々な電子機器が、人の介入なしにインターネットを通じてつながるIoT社会が実現しつつあり、我々の生活は一層便利で安心なものに変わり始めている。例えば、自然災害の多い日本では、台風や集中豪雨などによる災害発生の兆候を現場でなく、画面上でモニタリングするために、山間部や傾斜地などに「ばらまき型センサ」が投入され、安全性の向上に役立てられている。ほかにも、野生動物の生態調査や保護のために動物にセンサを取り付ける「バイオロギング」も自然環境でIoTが導入されている例である。

しかし、こうした「トリリオン(1兆個)・センサ時代」の到来に伴い、小型センサに組み込まれた電池や回路を構成する材料は、全ての回収、あるいはリサイクルが難しいことから、自然環境へ与える負荷に関する問題が指摘されている。

情報通信事業者である日本電信電話株式会社(略称:NTT)は、この問題に取り組み、自然界に放置されても土壌や生物に悪影響を及ぼすことなく土に還る電池を開発した。

NTTが環境負荷の低い電池『ツチニカエルでんち(土に還る電池)』の開発を発表したのは2018年2月である。電池としての性能面も徐々に向上し、現在では直列に配置した場合、温度センサーモジュールからの信号受信が可能な、測定電流1.9mA/cm2における電池電圧1.1Vの電池性能に達している。さらに肥料検定法に基づく植害試験を行い、従来の電池のように植物の成長を妨げることがないことも確認されている。

NTT先端集積デバイス研究所の研究員、野原正也さんは「IoT社会の実現に向けて、今後は自然界にも大量のセンサ類がばらまかれていくと予想されます。しかし、その全てを回収、再利用できるわけではありません。たとえば、鳥インフルエンザの感染経路を探るため渡り鳥に装着したセンサは、100%の回収はできないでしょう。こうした回収不能な電池が自然環境に悪影響を与えないようにすることが『ツチニカエルでんち』の開発目的なのです」と語る。

従来型の電池として、乾電池を例に挙げると、一般的に亜鉛合金の負極と二酸化マンガンの正極、そして強アルカリ電解液で構成されている。NTT先端集積デバイス研究所は、負極と電解液を肥料成分に、正極は植物由来のカーボンに置き換えたのである。

この開発で最も苦労したのは正極の部材だったという。従来の技術では粉末状カーボンを固形化するためフッ素系樹脂などの結着剤を使用するが、結着材は土壌に含まれておらず、また燃焼時に有害ガスを発生することがある。そのため、生物由来の材料に特殊な前処理を施し、結着剤を用いないカーボン電極を開発することで問題を解決、環境負荷の小さい電池の開発に成功したのである。

「もともと私たちの部門では、携帯電話用の高性能な電池の開発を行ってきました。そこで蓄積した多くの技術やノウハウを環境負荷の少ない電池へと応用したのです」と野原さんは言う。

同社は、長年にわたり通信用の半導体や回路の開発に取り組んでおり、この電池のほかにも土に還るセンサやデバイスの研究も行っている。今後、災害対策用に、ばらまき型センサの急増が予想される中、自然環境への負荷の低減にも配慮しながらのIoT社会の実現に一層の期待が集まっている。