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April 2020

尾瀬の美しさを守る

尾瀬国立公園とその美しい湿原は、多くの人の支援によって、環境面での様々な危機を乗り越えてきた。

尾瀬国立公園は5月中旬から10月中旬にかけて数々の高山植物に彩られた美しい景色を楽しむことができる。1950年代にヒットし、多くの人を尾瀬へと誘った人気の歌『夏の思い出』にもその素晴らしい光景が描かれている。

尾瀬国立公園は群馬県、福島県、新潟県、栃木県の県境に広がる。尾瀬ヶ原、尾瀬沼を中心とする公園には、およそ東西6キロメートル、南北2キロメートルに広がる本州最大の山岳湿地があり、周辺は燧ヶ岳(ひうちがたけ)や至仏山など標高2000メートル級の秀峰に囲まれている。

こうした尾瀬の特徴について、公益財団法人尾瀬保護財団企画課の宇野翔太郎さんは次のように説明する。

「尾瀬と言えば、多くの人がまず思い浮かべるのは、尾瀬ヶ原の湿原でしょう。ここは年間平均気温が4℃前後と低いため、枯れた植物が分解されず、泥炭という特殊な地層になって積み重なっています。その積み重なっていくスピードは年に0.7~0.8ミリメートルと言われ、現在の厚さになるまでに6000~8000年という非常に長い年月がかかったと考えられます」

尾瀬ヶ原の湿原には「池溏」(ちとう)と呼ばれる大小様々な池も点在していて、その周辺は多くの生き物の生息場所になっている。尾瀬に生育する植物の数は900種類を超え、雪解け直後の5月と6月に咲くミズバショウや夏の湿原を黄橙色に埋め尽くすニッコウキスゲなど、数多くの草花が5月中旬から10月中旬の短い期間に次々と芽吹いては花を咲かせていく。植生が豊かなお陰で、湿原やその周囲の森林に生息するほ乳類や鳥類、両生類や魚類、昆虫などの数も豊富で、平地では見られないチョウやトンボ、オコジョやヤマネなどの小動物、そして水鳥たちがハイカーの目を楽しませてくれる。

尾瀬の名高い水芭蕉

これほど豊かな自然に恵まれる尾瀬だが、かつてはその自然が危機にさらされたことも何度かある。尾瀬の豊かな水を利用する発電ダムの建設計画や福島県と群馬県をつなぐ自動車道など大規模な建設計画が浮上したが、尾瀬の豊かな自然を守るため地元の住民や研究者らが反対の声を挙げ、計画は中止となったのである。

また、尾瀬ブームにより多くの人々が尾瀬に押し寄せ、貴重な湿原を踏み荒らしてしまうという事態も発生した。この問題解決のため、1950年代から木道の整備が始まり、今日まで続く植生の復元作業も行われるようになった。同じ頃、尾瀬では観光客が持ち込むゴミも問題になったが、1970年代にゴミ持ち帰り運動がスタートして問題が大幅に改善された。全国に先駆けた尾瀬の先進的な活動はやがて全国の国立公園や観光地などに広がっていくことになった。こうして、昔ながらの尾瀬の豊かな自然は今に引き継がれている。

「ラジオで『夏の思い出』を聞いて尾瀬に憧れた世代はすでにお年寄りになり、入山者の数は以前に比べるとかなり減少しています」と宇野さんは語る。「尾瀬の素晴らしさを知る人がいなくなってしまうと、この自然を未来に向けて守り、伝えていくことができなくなってしまう恐れがあります。そのためにも、私たちは環境に配慮しながら木道などの整備を行い、子どもから高齢者まで、これからもより多くの人に安全に尾瀬を楽しんでいただきたいと考えています」

湿原より高くなった木道を行き交うハイカーたち