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世界最小の人工心肺補助システム

国立循環器病研究センターは世界最小・最軽量の人工心肺補助システムを開発した。近い将来、重い呼吸器不全の患者の治療に大きく貢献することが期待されている。

国立循環器病研究センターは2018年12月、世界最小・最軽量の次世代型心肺補助(ECMO)システムの開発に成功した。この研究成果は、同センター人工臓器部の巽英介部長、片桐伸将特任研究員たちの研究グループによるものである。

ECMOは急性の重症心不全および重症呼吸不全患者に使用する生命維持装置である。患者から静脈血を取り出し、ポンプを使って回路に血液を送り、人工肺で酸素を与え、二酸化炭素を除去した血液を、再度患者の動脈へ戻すという仕組みになっている(呼吸補助では静脈に戻す場合もある)。急性重症心不全の患者では、心臓のポンプ機能が著しく低下しているために全身に血液を送ることができないが、ECMO装置は患者の心臓に代わって酸素化された血液を全身に送る働きを行う。また、通常、呼吸不全の患者には鼻や口から気管にチューブを挿入して呼吸を補助する人工呼吸器を取り付けるが、重症患者では肺による呼吸機能が著しく低下しているために人工呼吸器では救命できないことも多い。ECMOはそうした患者を救うために、人工肺によって十分に酸素化された血液を体に送り、またその間患者の肺を休ませて、回復につなげるというものである。

ECMOはもともと、心臓外科手術で用いる人工心肺装置を手術室の外でも循環補助や呼吸補助に使えるようにしようとして開発されてきたが、近年は救命救急や集中治療にも臨床応用が広がっている。しかし、現在一般的に使用されている装置は大きく複雑なため、緊急対応には不向きで、重症患者の救急搬送時など、病院外での使用も難しい。

また、長時間使用すると機器の内部で血栓ができてしまうなどのリスクが高いため、日本の医薬品医療機器等法では、最大6時間までという条件付きでのみ使用が認められている。そのため、院内・院外を問わず、装着が容易で、しかも安全に長期間使用できるECMOシステムの開発が待ち望まれていた。

同センターの人工臓器部では1986年から、抗血栓性と長期耐久性に優れたECMOシステムの開発をスタートした。

「当時は、このようなシステムの実現は『夢物語』でした。しかし、これまで30年以上にわたって人工臓器部が実用化してきた様々な先端技術を集積することによって、今回、高い緊急対応性・携帯性・抗血栓性・耐久性を持った装置を実現させることができたのです」と巽部長は語る。

今回開発された装置は、世界最小・最軽量(29×20×26cm、6.6kg)で、容易に持ち運ぶことが可能である。また、電源や酸素供給装置のない場所でも、内蔵バッテリーと脱着型酸素ボンベユニットによって1時間以上連続で使用することができ、救急車での患者搬送などにも対応できる。

さらに、人工臓器部が過去に開発した、血栓を作りにくくする技術も搭載し、血栓性・出血性合併症の予防と共に、飛躍的に安全性を高めることにも成功した。長期耐久性についても、この装置を用いた動物実験において、装着後2〜4週間の連続使用を7例行った結果、全てのケースにおいて予定期間を問題なく完遂することができた。装置の開発プロセスはほぼ完了し、現在は臨床応用・実用化に向けて、同センターを中心とした医師主導臨床治験の準備を進めている。新しい装置を使った治験は、2020年の前半にはスタートする予定である。

巽部長は、このシステムの実用化によって、患者の生活の質(QOL)が劇的に向上することを期待している。

「自力呼吸が難しくなった患者には、気管にチューブを挿入して人工呼吸器を装着します。ベッドに横たわったままで声を出すこともできません。しかしこの新しい超小型のECMOシステムでは、人工呼吸器を外して、自分で歩いてトイレに行ったり、家族と話すことも可能になるかもしれません。肺移植や心肺移植を待つ患者さんなど、長期間の呼吸/循環補助が必要な患者さんのQOLを大きく向上させることが期待されます」