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Highlighting JAPAN

ミルクと水素を生む町

多くの牧場がある北海道鹿追町は、「持続性に富み活力ある産業づくり」の一環として、家畜のふん尿からバイオガスを作るプラントを活用し、環境改善、地球温暖化防止、地域産業活性化などの取組を進めている。

北海道は広大な土地を活用した酪農や畜産が盛んな地域である。しかし、家畜から排出される大量のふん尿が、土壌や水質の汚染、悪臭などの原因にもなっている。

こうした問題を改善すると同時に、資源として有効活用しているのが、北海道のほぼ中央に位置する鹿追町である。同町は人口約5,500人、これに対して乳牛の飼育頭数は約2万頭に上る。2007年、鹿追町は「鹿追町環境保全センター」を建設し、乳牛のふん尿のバイオマス資源化に着手した。このセンターでは、地元の酪農家から専用のコンテナで集められたふん尿を発酵させて、臭いのない消化液(液状の肥料)と、バイオガスを生産している。牛の餌は植物なので、ふん尿を原料とするバイオガスは、燃やしても大気中の二酸化炭素(CO2)を増やさないカーボンニュートラルな燃料である。消化液は農家のほ場に散布され、バイオガスは発電機の燃料として使われている。バイオガスで作られる電気は施設内の機械の稼働に使われるほか、電力会社に売電されている。さらに、発電に伴う余熱で加熱した水を使って、マンゴーの栽培やチョウザメの飼育といった新しい産業創出の取組も進んでいる。同センターでふん尿が処理されることで、土壌・水質汚染や悪臭の改善だけではなく、酪農家のふん尿処理にかかる時間やコストの削減にも貢献している。

2015年からは、さらなるCO2の削減とバイオガス利用の選択肢を増やすために、同センターで作られるバイオマスを活用して、水素を製造する試みも行われている。同センター内に整備された「しかおい水素ファーム」には、水素製造装置や水素ステーションなどの設備が新たに設置され、環境省の委託事業として「家畜ふん尿由来水素を活用した水素サプライチェーン実証事業」が実施されている。実証事業は、鹿追町の協力の下、エア・ウォーター株式会社、鹿島建設株式会社、日鉄パイプライン&エンジニアリング株式会社、日本エアープロダクツ株式会社によって、2021年度まで行われる計画である。家畜のふん尿を使って水素を作る施設は国内初、世界的に見ても極めて珍しいと言う。

「乳牛のふん尿から水素を作り、それを運び、使うというサプライチェーンを構築すること、そして、再生エネルギー(バイオガス)使用による水素製造の低炭素化と水素の利活用を通じてその効果を実証し、中長期的な地球温暖化対策を推進することが事業の目的です。利用時にCO2を排出しない水素を地産地消し、来るべき水素社会のモデルケースとなることを目指しています」とエア・ウォーターのエンジニアリング統括室の担当部長である井上知浩さんは言う。

しかおい水素ファームでは、バイオガスから抽出したメタンガスと水蒸気を水素製造装置で反応させて水素を発生させて、複数のボンベが束になったカードルと呼ばれる機器に水素を充填している。カードルの水素は、燃料電池自動車や燃料電池フォークリフト、チョウザメの飼育施設に設置されている燃料電池の燃料として利用される。カードルは、町内の酪農家や、隣接する帯広市の観光施設にも提供されている。

効率的な水素サプライチェーンが確立できれば、鹿追町の酪農業は大きく変わるであろう。乳牛1頭が1年間に出すふん尿約23トンで燃料電池自動車を約10,000km走らせるだけの量の水素を作ることができる。これは、日本の自家用車の平均的な年間走行距離に匹敵する。酪農家では、給餌や給水、搾乳、牛乳の保存、清掃などの作業に日々、膨大なエネルギーを消費しており、それにかかる電気代やガソリン代も多額である。家畜ふん尿由来の水素でこうしたエネルギーをまかなえるようになれば、経営コストは削減され、地域の酪農業の活性化につながることが期待される。

「昨年9月の北海道胆振東部地震で大規模な停電が発生したこともあり、非常用電源として水素エネルギーへの期待も高まっています。今後、水素の運搬方法やコストの削減などの課題の解決に取り組み、水素サプライチェーンの実現に向けて進んでいきたいと思います」と鹿島建設環境本部プロジェクト開発グループの担当部長、大野直さんは言う。

近い将来、鹿追町はミルクだけではなく、水素を特産として、持続性があり、活力に満ちた町になっているだろう。