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Highlighting JAPAN

 

 

湯湧く河川の手掘り野天風呂

日本には、様々な温泉が存在している。中でもユニークなのが長野県にある切明温泉で、湯が湧く川を自ら掘るという「手掘り温泉」が楽しめる。

長野県の最北端に位置する栄村の秋山郷は、秘境とも呼ばれる山深いエリアである。江戸時代の文人で商人の鈴木牧之によって、珍しい風習や文化をつぶさに記録された『秋山記行』でも知られている。一帯には6つの温泉があり、そのうちの「切明温泉」が温泉大国の日本でも珍しい手掘り温泉である。具体的な場所は、秋山郷の最奥を流れる雑魚川と魚野川の合流点付近で、一見、普通の川だが実は川底から無色透明の単純泉が湧き上がっている。この泉温54.7℃の温泉を訪れた人が自ら掘り、川の水で埋めながら適温にして入浴するのである。近隣にある宿泊施設の多くは、宿泊客に手掘り用スコップを貸し出している。

川の中に目をやると、所々に石で囲った箇所や、肩まで浸かれるほど深めになった箇所があることに気付く。以前、訪れた人が湯浴みを楽しんだ跡であろう。その辺りに足を踏み入れると、川の水の冷たさとは裏腹に思わず声を上げてしまうほどの熱が足裏に伝わってくる。川の中を少し移動するだけで泉温が異なるため、熱めの箇所を探して水で埋めるのが良い。浸かるスペースを広げるように掘りながら自分だけの湯船を作る楽しさは、手掘り温泉ならではである。なお、前述のとおり通常の川なので、入湯料が不要な一方で、脱衣所などを備えてもいない。

「管理者はいませんが、村役場、観光協会や宿泊施設の人々が協力して、河原に降りやすいようにウッドチップを敷くなどの手入れはしています」と言うのは、栄村秋山郷観光協会の白濱彰洋さんである。また、雪解けの時期は川が増水して危険なため、4月〜5月は入ることができず、5月下旬頃から入浴可能だと言う。また、雨が降った時や上流にある渋沢ダムなどが計画放水を行う時も入れないので、訪れる際は事前に協会へ問い合わせると良い。夏になると川遊びを楽しむファミリー層が増えるほか、新緑の中、あるいは雪景色の中での入浴も風情があるが、特に多くの人が訪れるのは紅葉シーズンだと言う。赤や黄に染まった木々を眺めながら湯に浸かるのも、日本の秋を満喫する方法の一つであろう。

「手付かずの自然の中で楽しめる手掘り温泉は、なかなかありません。猿や狸を見かけることもありますし、雑魚川と魚野川の合流点に架かる橋の上から見える、二筋の夫婦滝もとても美しい。交通の便はあまり良くありませんが、事前予約制のデマンドバスも利用できます。訪れればきっと珍しい体験ができるはず」と、白濱さんは言う。切明温泉から少し足を伸ばせば、約80万〜70万年前の火山活動による溶岩が冷えて固まった「柱状節理」が見られる「布岩山」などへ行くこともできる。近付くとまるで滝の音のように「ゴ〜ッ」と風を切る音が聞こえる布岩山は、是非とも訪れて欲しいスポットである。手掘り温泉の入浴と自然が生み出した絶景は、今までにない体験となることだろう。