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Highlighting JAPAN

 

銭湯から発信する地域コミュニティ

東京・西ヶ原にある創業60年の銭湯「殿上湯」には、外国人にも開かれた住み込みの居候制度がある他、銭湯でコンサートを開催するなど、従業員も地域の常連客も、皆が大家族としての感覚を持てる居心地の良さを生んでいる。その殿上湯のホスピタリティとは。

営業前の準備と終了後に行う掃除、そして敷地内に隣接し、旅行客に貸し出しもしている賃貸アパートの各種手伝いをすれば、給金はないが部屋と毎日の食事が提供されるというのが殿上湯の居候制度である。家から自立したくて来る人や、夢を持って地方から出てきた人が住み込むこともある。

常時2人から5人の居候が同居し、日本人だけでなく、アジアやヨーロッパ、アメリカ等、国籍も様々で、過去の滞在者を合わせると総勢30人ほど。居候が終わった後も海外から予告なしにふらりと訪れる人もおり、殿上湯では人の行き来やつながりが途切れることがない。

五代目の原延幸さんは「子供の頃から風呂屋で育ち、家族以外の従業員と同居するのは当たり前なので、新しいシステムだと感じたことはない。銭湯とは伝統的に女中さんや番頭さんなど人手がたくさん必要な商売ですから、昔から地方の農家の子供達が上京して住み込みで奉公し、やがて独立して行くものだったのですよ」と話す。現在居候中の4人も、銭湯の仕事以外の時間にはそれぞれ学校に通ったり、別の仕事をしていると言う。大家族経営が自然な感覚であり、下町育ちらしい気さくさや人懐こさが持ち味の原さんにとって、外国語を話す従業員も、曽祖父が地中深く掘り当てた豊かな地下水と備長炭を用いた湯を目当てに通ってくれる地域の常連客も、皆家族のような感覚なのだ。

イベント関連やプロモーションの仕事をしてきた原さんと奥さんの育世さんは、銭湯ならではの浴場の音の反響の良さや、人々に馴染みのある銭湯という場の良さを活かして野心的な試みを続けている。ピアニストの働きかけによりクラウドファンディングで資金を募ったクラシックピアノコンサートには100名を超える来場者があり、今後はアコースティックギターライブや、今は美術館の学芸員をしているかつての居候の発案で、蓄音機を用いたジャズライブも予定されている。2年後に計画している殿上湯のリニューアルでは、映像イベントに対応できるようなスクリーンや、殿上湯の地下水のやわらかくておいしい水を活かした飲み物を提供するバーやカフェスペースを設けたいなど、原さんのアイデアは次々と湧きあがる。

殿上湯は地域コミュニティーとのつながりも深い。原さんの父親は保護司として様々な理由で学校に登校できない子供たちのための面倒を見ており、子供達が相談にやって来る。デイケアセンターのお年寄りたちも専用ミニバンで入浴に通う。「地域の人たちにとって心地よく、少し豊かな空間を作って、訪れた人に来て良かったと喜んでもらいたい。祖母が言っていたのは、もてなしと親切は口に出すなと。それらは相手に気づかれぬよう、恩を着せぬよう、そっとするものだと教えられました。相手が後になって良いもてなしだったなと気づいてくれるようなホスピタリティが理想です」

曽祖父は震災や戦争を経験し、水の大切さを知っていたと原さんは語る。地下水を掘って飲み水になれば、いざという時、自分たちも地域の人たちも助かるからである。殿上湯では良い湯だけでなく、地域への貢献の心も、長年受け継がれてきたのかもしれない。