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Highlighting JAPAN

クラゲと俳句

一人のオーストラリア人の海洋研究員が日本の海で新種を発見する一方で、俳句の世界に、新たな風を吹き込んでいる。

オーストラリア出身のドゥーグル・J・リンズィーさんは、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海底資源研究開発センターに所属し、海洋生物の研究と機器開発に取り組んでいる。

リンズィーさんは、世界遺産のグレート・バリア・リーフに近いロックハンプトンで生まれ育った。ロックハンプトンには多くの日本人観光客が訪れており、彼が在籍した高校に日本からの交換留学生が来たこともあり、彼にとって日本は身近に感じる国だった。彼はクイーンズランド大学に入学し理学を専攻したが、在学中、日本語を学ぶため日本の大学に一年間留学した。

「海洋学を教える日本の大学はどこも海洋調査船を所有していたことに驚きました。日本の大学なら私の大好きな海洋生物について深く研究ができると思いました」とリンズィーさんは話す。

1992年にクイーンズランド大学を卒業すると、リンズィーさんは東京大学大学院に入学して海洋生物を研究し、博士号を取得した。そして、1997年にJAMSTECに入所し、世界中の海域で深海調査を行うようになった。

ある時、クラゲが世界中に沢山の種類が生息していることを不思議に思ったことをきっかけに、リンズィーさんはクラゲを専門に研究するようになった。現在は1年のうち2、3ヶ月は船に乗り、時には有人潜水調査船で深海にも潜ってクラゲを調査している。

クラゲの生態はとても神秘的でまだ解明されていないことが多い。水中に浮遊する種のほか、海底に定着する種もいる。小さい種では5ミリメートル程度、大きい種では40メートルを超える。増え方も有性生殖に限らず、一つの個体から増えるものもあれば、海底で違う形になって増殖するものもある。クラゲはあらゆる環境下で生息し多様性に富んでいる。その種類は水中に浮遊する種だけでも1000種を超え、リンズィーさんの研究でも続々と新種が発見されている。

「新種の発見者には、正式な学名及び和名を付ける権利が与えられます。私もこれまで大型種に『ダイオウ(大王)クラゲ』や赤い傘内面をもつ種に『アカチョウチンクラゲ』など多くのクラゲを見つけ命名しました」とリンズィーさんは楽しそうに語る。

リンズィーさんはクラゲの研究者に加えて、俳句の達人という一面も持っており、一般的な日本人よりも日本語の語彙が豊富かもしれない。俳句の技量は、大手新聞社の俳句欄に海外から投稿される俳句の撰者を任されるほどである。

近年は海外でも様々な言語で俳句が作られるようになったが、リンズィーさんは日本語で俳句を詠む。きっかけは、大学時代のホームステイ先の家人が俳人の須川洋子さんだったことである。

「俳句を作るときに必要な季語を集めた『歳時記』を読むと、日本には自然にまつわる言葉がたくさんあることに驚きます。切り株から生える小さな芽にさえ「ひこばえ」という美しい名前がある。それどころか「ひこばゆる」という動詞まであり、もう驚愕です。それほど日本語は奥が深いのです」とリンズィーさんは語る。

今年2018年7月に福島県で開かれる『海の俳句全国大会』で講演を行い、海洋生物について人々の認識と実際の生態とのギャップなど例を挙げながら話をする予定である。

「実は日本の有名な俳句に海の生き物を詠んだものはそれほど多くありません。日本は海に囲まれているからこそ、皆さんにより海の生き物について知ってもらい、その俳句も詠んで欲しい。いずれは海に関する言葉を集めた『海の歳時記』を作ることができたら素敵ですね」と彼は話す。

もちろん、リンズィーさんが詠んだ俳句には海の生き物が登場するものが沢山ある。

「海蛇の長き一息梅雨に入る(うみへびの/ながきひといき/つゆにいる)」

体長の8割が肺のウミヘビの一息はとても長く、大きな音がするという。海洋生物学者だからこそ詠める句である。

俳句は、花鳥風月、つまり自然に向き合って詠む短詩である。リンズィーさんは愛する海と向き合い、クラゲと俳句を極めようとしている。