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Highlighting JAPAN

ボタンに描く自然

室田志保さんは、鹿児島の伝統工芸品「薩摩ボタン」を現代に蘇らせた。

薩摩ボタンは、かつて薩摩と呼ばれていた鹿児島県の伝統的な陶器「薩摩焼」に、きらびやかな色彩で自然の風物や細やかな模様が描かれたボタンである。薩摩ボタンは19世紀に、その美しさが浮世絵と同じようにヨーロッパの人々を魅了し、盛んに海外へ輸出されたが、およそ半世紀以上、作り手がなく、作品は途絶えていた。

それを現代に復活させたのが鹿児島出身の室田志保さんである。室田さんが初めて本物の薩摩ボタンを見たのは28歳のときであった。

「19世紀初めに作られた直径4〜5㎝の薩摩ボタンに、ものすごい衝撃を受けました」と室田さんは言う。「ボタンの中に当時の日本の美しい自然の風景が、まるで時空を超えて存在しているようでした」

当時、室田さんは、薩摩焼の窯元で茶道具の絵付師として働いていていたが、これをきっかけに窯元を辞め、2005年に鹿児島県垂水市の山深い集落に、「絵付舎・薩摩志史」と名付けたアトリエを開き、薩摩ボタンの復活に取り組み始めた。

当初は、小さなボタンにどのように繊細な絵を描くかも分からない状態であった。また、薩摩焼でボタンの形を作る職人を探すことも簡単ではなかった。しかし、様々な試行錯誤を続けながら、室田さんは、昔の作品の単なる復刻ではない、新しい薩摩ボタンを作り上げていった。2007年に初めて開催した個展が評判を呼び、その後、全国各地で展示会が開催されるようになった。

室田さんの作品の特徴は、直径1〜3センチという小さなボタンに、驚くほど細かく描かれる絵だ。室田さんは虫や動物など、アトリエ周囲の自然の風物を好んでモチーフとする。例えば、日本最大のトンボ、オニヤンマである。

「私は子どもの頃から野山を駆け回り、虫や動物に親しんできました。特にこの集落のオニヤンマは非常に美しいです」と室田さんは言う。「死んでしまったオニヤンマの眼は黒いのですが、生きているときの眼は素晴らしいエメラルドグリーンなのです」

室田さんが絵を描くのは、象牙のような温もりのある白地と、表面の細かいひびが特徴の「白薩摩」と呼ばれる薩摩焼である。室田さんは、この白薩摩に18世紀に薩摩の陶工たちが京都の清水で学んだと言われる絵付け技法を用いて作品を作る。まず、白薩摩に金やプラチナで輪郭を描いてから、絵の具を入れ込む。その後、750℃の窯で約4時間かけて焼成。自然冷却後、さらに色を修正して焼成し、最後に再び金またはプラチナを施して620℃で3時間余り焼成したのち、金を磨いて完成させる。

現在、室田さんの作品は主に鹿児島の美術工芸品店で販売されている。また、個人からの注文も受けて作品を作っている。こうした昔ながらの技法によって生まれる薩摩ボタンは、その繊細な美しさから、最近はアクセサリーとしての需要も高く、ピアスや指輪、着物の帯留めなどの注文が増えている。

「大切な人への贈りものとしての注文も多いです」と室田さんは言う。「例えば、日本では70歳の誕生日を特別なものとして祝う習慣があり、その際のプレゼントとしておじいちゃんに贈るカフスボタンの注文を受けたことがあります。70歳を象徴する色は紫色なので、紫色の鳥の絵を描きました」

室田さんは、昨年、アメリカ各地で開催されたナショナルボタンソサイエティー主催の大会に参加した。その作品は、世界中からボタン収集家が集まるこの大会でも好評を博している。150年の時を経て、薩摩ボタンが再び世界の人々を魅了しようとしている。