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Highlighting JAPAN

熊本発のマグネシウム合金

熊本大学の河村能人教授によって開発された、軽量で耐熱性のある合金が、航空機産業など、世界から注目を集めている。

マグネシウムは実用金属の中で最も軽い(鉄の1/4、アルミニウムの2/3)という特性を持つことから、パソコンやデジタルカメラなどに使用されている。しかし、一般的なマグネシウム合金は550〜600℃で溶解が始まると発火するという弱点を持つため、応用分野が制約されていた。

熊本大学大学院自然科学研究科の河村能人教授がマグネシウム合金の研究を始めた1999年当時、マグネシウム合金は既に研究し尽くされたと言われていた。しかし、河村教授はマグネシウムの新たな特性を引き出す金属元素を丹念に探し続けた。1%単位で配合率を変えながら検証を繰り返し、その組み合わせは450通り以上にものぼった。その結果、2003年にマグネシウムに亜鉛とイットリウム(レアメタルの1種)を加えることで、軽さを保ったまま強度が飛躍的に増す合金を開発した。

2006年には熊本県を中心とした産学官連携による、KUMADAIマグネシウム合金の実用化に向けた5年間の基盤技術開発がスタートした。さらに2011年、熊本大学は「先進マグネシウム国際研究センター」を開設、河村教授がセンター長に就任した。

センターの研究課題の一つは、KUMADAIマグネシウム合金の航空機などの構造材料への応用である。航空機は軽量化が燃費に大きく影響するため、マグネシウム合金の有望な応用分野だ。アメリカ連邦航空局(FAA)はこれまで、マグネシウム合金を民間航空機に使用することを禁じていたが、素材・機体メーカーからの強い要請を受け、マグネシウム使用禁止令を改定するため、2007年から新たな燃焼試験法の策定を始めた。

そうした中、2013年2月、河村教授は、KUMADAIマグネシウム合金のサンプルをFAAに送り、最新燃焼試験法での試験を依頼した。そして同年3月に、「KUMADAIマグネシウム合金のサンプルに4分間、約930℃の熱を加えたが、まったく発火しなかった」という結果報告をFAAの担当官から受け取った。

「FAAの合格判定基準は“加熱開始から2分以内に発火せず、加熱停止から3分以内に自然鎮火するもの”でした。つまり、燃えることを前提にした基準でしたが、私たちのサンプルは、この基準をはるかに超える成績だったのです」と河村教授は言う。

その後、FAAは航空機へのマグネシウム合金の利用を解禁、これを受け、2014年から熊本大学とボーイング社との共同研究が始まった。現在、2020年から開発が始まる予定の航空機への採用を目指して研究が進められている。「マグネシウム合金が航空機で普及すれば、自動車や高速鉄道車両など他分野への応用にも弾みがつくはずです」と河村教授は言う。

センターでは、KUMADAIマグネシウム合金の医療分野への応用も研究されている。例えば、骨折時に使用するボルトや接合プレート、または動脈内に挿入して血管の流れを回復させる冠状動脈用ステントなどの医療機器への応用である。通常、こうした金属製の医療機器は患部に取り付けた後、しばらくして取り出す必要がある。しかし、マグネシウムは体内に半年〜1年置かれると溶けてなくなるので、再手術による患者への負担を減らすことができる。腐食しやすいというマグネシウムのデメリットが、利点として生かされているのだ。今年中にはマウスを使った実験を開始する予定である。

「センターに世界最高水準の研究環境が整いました」と河村教授は言う。「今後は、応用製品の工場を誘致するなどして、熊本県を先進マグネシウム合金の研究・開発・製造のグローバルハブにしたいと考えています」