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Highlighting JAPAN

無形の世界

2020年の東京のオリンピック・パラリンピックの先駆けとして世界各国で開催される「東京キャラバン」に参加している彫刻家の名和晃平氏は、通常の製作や感覚の概念に挑戦する作品を生み出している。

名和晃平氏は国内外で様々なプロジェクトを展開する日本を代表する彫刻家の一人であり、その作品は通常イメージする彫刻とは全く異なる。

例えば、彼の作品シリーズ「BEADS」の「PixCell-Deer#24」は、ヘラジカのはく製が透明な大小のガラスビーズでびっしりと覆われている作品だ。見る者にはそれがヘラジカだとわかるが、直接その表面を見ることはできない。代わりに、無数のガラスビーズがレンズとなって、ヘラジカの毛などのディテールが、ビーズの一つ一つに映り込んでいるのがわかる。

名和氏はこのはく製を、インターネットで入手したという。

名和氏は「インターネットが一般に普及した頃に、実体のあるものがネットを通して、単なる画素の集まりとして画面に表示されるのを見て、世界中のありとあらゆるものや風景が、次々に情報化されるのだと予感した」と言う。

私たちが普段何気なく受け取っているデジタル画像の情報は、解像度を変えるとまったく見え方が変わってしまう。「BEADS」はそうした概念や効果を改めて視覚化する実験的な作品だ。

名和氏は、発泡ポリウレタンを使った「SCUM」や、シリコーンオイルを使った「LIQUID」などの、これまでの彫刻にはない様々な素材を使った作品シリーズを発表している。これらのシリーズの根本には、「CELL」という概念がある。「CELL」は「細胞」という本来の意味では、人間の知覚を構成する単位と言える。また、「Pixel」などデジタルの情報を構成する単位も人間の知覚の原理に基づいて設計されたものだ。

「素材や空間に向き合い表現することが、彫刻になるのだと思います」と名和氏は説明する。「素材にはそれぞれの物性の幅があり、時には液体も使うし、たとえば「音」を素材として彫刻的な体験をつくることもできると考えています」

名和氏の制作スタジオは、彼が大学時代を過ごした京都市の郊外、伏見にある。河畔の豊かな緑に古い民家が残る、京都らしい情緒と静けさのある環境だ。スタジオはサンドイッチ工場をリノベーションしたもので、そこから「SANDWICH」と名付けられている。名和氏が専任スタッフと、彼が指導する京都造形大学の学生たちとともに、自分たちの理想の制作拠点として作り上げた場所だ。SANDWICHは、プロジェクトごとに異なったジャンルのアーティストや職人たちをそのつど編成する「クリエイティブ・プラットフォーム」という形をとっている。

「僕はそれを船に例えています。プロジェクトごとに異なった乗組員を乗せて、目的地へとみんなで漕いでいくというイメージです」と名和氏は言う。「素材も領域も、方法も限定せず、いろんな人が様々なアプローチで一つの完成形を目指します」

この開かれたプラットフォームによって名和氏の仕事の領域はさらに広がっている。最近では、広島県の天心山神勝寺のアートパビリオン「洸庭」の設計や、ベルギーの振付師のダミアン・ジャレ氏とのコラボレーションによるダンスパフォーマンス「VESSEL」の舞台美術も手がけるようになっている。