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Highlighting JAPAN

おでん――日本の冬を代表する懐かしい味

秋の肌寒さを感じるようになると、日本の人々はあるものの季節がやってくると感じる。湯気とともに香り立つ日本の人気料理「おでん」である。ぐつぐつと煮立った熱いだし汁の中には、食欲をそそる様々な具材がひしめき合い、取り出されるときを待ちわびている。

アメリカにおけるチキンヌードルスープと同じように、日本の至る地域で親しまれている「おでん」は、食べるとホッとする料理であり、寒い時期に体を温めてくれるうえ、冬の風邪やインフルエンザを撃退する滋養を与え、長い間続く冬の暗い日々に負けないよう心を元気づけてくれる。

特定のコンビニチェーンを除くと、おでんは日本全土で地域によって異なる特色をもつ。たとえば東京では、グルテンで作られたチューブ状の練り物で、噛み応えのある「ちくわぶ」を見かけることが多い。大阪ではタコや牛すじを目にするかもしれないし、沖縄では豚足を味わうこともできる。さらに、おでんは1つの具材ごとに値段が決められ、客は鍋のなかから好きなものを選び、地方ごとのスタイルで食べる。だし汁もまた店ごと、地域ごとで大きく異なる。

いくつかの地方に足を運んでその土地ならではのおでんを食べてみると、このような違いがはっきりと分かる。最初に向かったのは静岡県静岡市だ。おでんをこよなく愛するこの街には、おでんの店だけが立ち並ぶ横丁が1つだけでなく2つもある。その名は、青葉おでん街と青葉横丁だ。1968年にこれらの横丁のひとつが作られる前は、市役所に通じる道路沿いやその周辺に立った屋台でおでんが売られていた。地元の人々の話によると、そのさらに前、おでんが最初に売られるようになったのは街に点在していた駄菓子屋 (大抵の場合おばあさん一人だけで経営しているような昔ながらのお菓子屋さん) だったという。

「私が子供の頃、1個あたりの値段は5円や10円でした」と青葉おでん街にあるおでん屋「なごや」のオーナー・中田かずよさんは話す。当時、駄菓子屋のおばあさんたちはカウンターの上に置いたおでん鍋を常に温めており、大半が未成年の常連たちに対してだし汁がイカ墨のようにまっ黒なおでんをスナック菓子や甘いお菓子と一緒に売っていた。「当時はダイコンを使っていませんでした」と中田さんは付け加える。その代わり、この地方特有といえるものが、イワシのすり身と山芋で作られたフワフワした練り物の「黒はんぺん」だ。

静岡のだし汁の特徴はその濃い色、ほとんどまっ黒ともいえる色にある。醤油と牛の煮出し汁で作られたそのスープは、濃厚かつ芳醇で塩味が利いている。具材は様々で、その大半が串に刺されて提供される。地元の人々の2大好物となっているのは牛串と黒はんぺんだ。最後に、特定の具材には「だし粉」と呼ばれるサバやイワシで作られた粉末状のトッピングや、海藻の一種である「青のり」が振りかけられる。青葉横丁にあるおでん屋「おばちゃん」では、静岡産の緑茶や地ビールとともに25種類のおでんが提供されている。

西に向かい愛知県名古屋市へ行くと、また別の文化が広がっている。この地域でも屋内で売られるようになる前は屋台 (移動式の露店) でおでんが売られている時代があった。街中で取捨選択が繰り返された結果、各店舗は独自のレシピや名物メニューを持つようになった。

1949年創業の名古屋で最も由緒あるおでん屋のひとつである「島正」では、すべての具材が香り高く輝きを放っている。磨き上げられた銅製の鍋の中で湯気を立てているこの店のおでんは、ひと目見ただけでも明らかに静岡おでんとは違うと分かる。もっとも際立った違いは、名古屋おでんの代名詞ともいえる、濃厚な赤茶色をした味噌ベースのスープだ。名古屋の人々は味噌を愛しているといわれており、この都市の名物料理の多くに味噌が使われている。同店で使用されている味噌は、この地方の特産品である八丁味噌。大豆のみで作られるこの赤味噌は、濃厚かつ芳醇で甘みがある。

島正の店主は、厳選された6つの具材のみをおでんに入れていると語る。その6つとは、豆腐とコンニャク、サトイモ、玉子、ダイコン、牛肉である。これらの具材自体はクセが強くなく、だし汁のエキスをよく吸収すると店主は説明する。具材の多くを長時間かけてゆっくりと煮込むことで旨味をたっぷりと染み込ませている。ちなみに、ゼラチンが他の具材を邪魔しないよう、牛すじだけは個別に煮込んでいるという。その他の具材は丁寧に串刺しされた状態で、四角形の鍋の中で芳醇な匂いを放ちながら客に吟味されるのを待っている。最も手間暇かけて調理されるのはダイコンだ。厚い平円盤状のダイコンは、7日間煮込むことで驚くほど濃厚な赤味噌の風味をまとい、全体がすっかり濃い茶色になる。

東京に戻り北区の赤羽に向かうと、おでんはまた別の様相を呈している。古くから工場都市である赤羽のメインの歩行者用アーケード街「一番街」は、早い時間帯から買い物したり飲食したりする人々で溢れている。昭和時代 (1926-1989) から残る酒場は人気があり、いくつかの店では正午までに酔っ払って満腹になるような朝のスペシャルメニューを売り出している。

近隣には東京23区で唯一残っている酒蔵の小山酒造がある。小山新七さんが1878年に醸造所を設立した。この酒造の5代目の後継者夫人である小山久理さんは、彼女たちが作る日本酒とおでんの関係について語ってくれた。赤羽は工場都市であるため、夜勤で働く人々は朝に仕事を終え、午前9時から飲み始めたという。

小山さんのおじいさんの時代、人々は一番街の立ち飲み屋へ行き、おでんと一緒に日本酒を飲みたいと考えていた。そこで小山酒造は人気のおでん屋「丸健水産」と提携し、スパイシーで辛口な日本酒を小さなグラスに詰め、手頃な価格で提供する「丸カップ」を開発した。「このお酒は塩辛いタイプのおでんと本当によく合うんです」と小山さんは語る。

丸健水産の店主である堀井浩二さんもそれに同意する。実際、丸カップが3分の1まで減ったものを「だし割り」にして飲むことが慣習になったと彼は語る。常連たちがこのおでんのだしと酒を組み合わせたときの風味をあまりに気に入っていたことから、同店ではうまさを引き出す最適な配分を割り出し、計測しやすいように小山酒造に頼んでカップの側面に目盛を付けてもらったという。酒の3分の2を飲み干した客はカウンターにカップを持って行き、サービスでだし汁を注ぎ足してもらう。「この分量でなければいけません」と堀さんは語る。「この分量だから起こる、ある種の美味しい化学反応が存在するのです」。

1957年創業の丸健水産で名物となっているおでんには40種類近くの具材が取り揃えられ、店内は客でごった返している。静岡のおでん屋は夕方になるまで開店しないが、ここはとても早い時間帯から営業を始めている。「私たちは午前10時半に店を空けます」と堀さんは話す。「なぜかというと、ここは赤羽だからです」。

当店がもつ人気の原因は、名物の酒だけでなく、鶏と塩ベースの素晴らしいだし汁と、新鮮な具材の豊富さにもあることは明らかだ。野菜や魚介は近くの築地市場から毎日取り寄せられており、温かく病みつきになる美味いだし汁に浮かぶおでんを作るため、朝6時から下ごしらえを始めている。人気の具材の中には練り物 (同店で作られている魚肉加工品) や、衣をつけて揚げたエビ、蝶結びした昆布などがある。素材独自の風味や食感を残すため、煮込むのはわずか10~15分という具材の数々は、適量のからしとともに提供される。この黄色くスパイシーなマスタードは、口に含むと舌がピリリと痺れる。

この冬、日本で温まり、満腹で幸せな気分に浸りたいのなら、この「おでん」という人々の心を支え続けてきた美味しい料理と文化は、どの種類を選んだとしても最適な選択肢になるだろう。