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Highlighting JAPAN

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特集心を豊かにする日本のデザイン

より良い暮らしのためのデザイン(仮訳)

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2011年3月の東日本大震災は、人々が安心して快適に暮らせる社会をあらためて問う契機となった。日本の社会には、社会をより良くする工夫が様々な場面で施されている。ジャパンジャーナルの澤地治が紹介する。

被災者に安心空間を

災害によって家を失った被災者は、仮設住宅が建設されるまで、体育館などの公共施設やテントでの不自由な生活を余儀なくされる。しかし、一時的避難所の多くは、プライバシーの確保や防寒・避暑への対策が十分とは言えず、被災者は肉体的、精神的な負担を強いられる。

こうした課題を解決するために開発されたのが、2010年にグッドデザイン賞を受賞した仮設住居「QS72」だ(デザインはGK設計)。QSはクイック・スペースの略で、72は、被災者救援のために最も重要な時間である「災害発生後72時間以内」を示している。

「テントのように安価で、素早く組み立てられるもので、被災者が快適に過ごせる空間を作りたかったのです」とQS72を開発した第一建設の吉越明雄氏は言う。「開発当初から、通常はコンパクトに収納するために、折り紙のように、折りたためるようにしたいという考えを持っていました」

QS72の材料は、軽く、耐水性・耐熱性、耐久性も高く、しかも安価なポリプロピレンである。普段は、畳んだ状態で保管をしておくことが可能だ。組み立てには特別な道具は一切必要ない。3名で組み立てれば、約20分で完成する。1ユニットの大きさは、高さ約2.1m、幅約1m、長さ約3.1mで、重さは約60kgだ。QS72の屋根に約500kgの重りを載せても、破壊されないことも確認された。

「折り紙構造にすることで、フレームが不要になるだけではなく、私たちが想像していた以上に耐荷重が高いことが分かりました」と吉越氏は言う。「2010年1月に発生したハイチ大地震の被災者救援のために、現地で活動する日本のNGOにQS72を寄付しましたが、現地の人でもQS72は簡単に組み立てられたそうです」 QS72の大きな特徴は、1ユニットを、いくつも連結させ、大きな構造物を作れることである。縦長に連結する、あるいは、四角形や六角形に連結することにより、目的に応じた空間作りを自由に行えるのだ。

そうしたQS72の特徴は、東日本大震災でも活かされている。被災地に運ばれたQS72は、仮設診療所、救援物資の備蓄倉庫、更衣室、ボランティアの集会所など、様々な用途で使われた。

「QS72に対する海外からの問い合わせも多いので、将来的には、海外での販売も進めていきたいと考えています」と吉越氏は言う。「今後、部品の点数を減らす、より簡単に組み立てられるようにするといった改良をしていきたいです」


ピクトグラムで避難誘導

ピクトグラムは、言葉の壁を越え、どの国の人が見ても、すぐにそれが示す意味が分かるようにデザインされた視覚言語である。日常生活の中で、トイレ、車椅子、禁煙、エレベーターなど様々なピクトグラムを目にするが、全世界で共通するピクトグラムの一つが「非常口」のピクトグラムである。1987年に国際規格となった、「非常口」のピクトグラムをデザインしたのが太田幸夫NPO法人サインセンター理事長だ。

「ピクトグラムは、水や空気のように、人が生きるために無くてはならないものなのです」と太田氏は言う。「全ての人が理解できるピクトグラムをデザインするためには、デザイナーは、自らの個性を表に出さずに、モチーフの持っている特徴を100%活かすようにデザインしなければなりません」

「非常口」以外にも、長年、安全標識や避難場所など「命を守るデザイン」の制作に関わってきた太田氏が現在取り組んでいるのが、避難誘導サイン・トータルシステムのデザイン開発だ。太田氏は、20年ほど前から、屋内と屋外を一体として捉えたトータルな避難誘導システムのデザイン案の作成や検証を行ってきた。地震、津波、火災、原子力発電事故という複合災害であった東日本大震災によって、その重要性をあらためて痛感した太田氏は、大震災後、同業他社や異業種40社余りの民間企業が参加するワークショップを4回にわたって開催した。その結果、屋内では非常口へ、屋外では公園、学校などの避難場所へと、人々を誘導することを目的とした、約40種類の避難誘導サインの案が作成されている。これらのサインは、階段、床面、壁面、天井、路面縁石、電柱、マンホール、街灯ポール、ガードレールなどに設置されるが、夜間でもサインを見やすく表示するために活用されているのが蓄光顔料だ。蛍光体の一種である蓄光顔料は電灯や太陽の光のエネルギーを吸収し蓄え、そして発光する。蓄光顔料は、電源がなくても光り、災害時の真っ暗な中でも、しばらくの間、薄緑色の光りを発している。

今年8月には、愛知県刈谷市の刈谷市美術館において開催されていた「太田幸夫の絵文字デザイン展」で、これらのサインを使った実地調査が行われている。約30種類の誘導サインを約100点、美術館の中から避難所までの避難ルートに設置、のべ100名の市民が参加し、誘導効果と景観へのアンケートを実施した。

「現在、調査結果を分析しておりますが、全体的にとても高い評価を見ることができます。こうした調査は世界で初めてと言えますので、国際シンポジウムを開催して、発表する準備をしています」と太田氏は言う。「インテリアのデザインや景観の妨げにならない、さりげないデザインで、かつ、複合災害であっても、いざというときには、誰でも、どこにいても迷わずに避難場所まで行き着けるデザインを作り、世界中で使えるデファクト・スタンダードにしていきたいです」


みんなの家

イタリアのベネチアで開催されている世界最大級の建築展「ベネチア・ビエンナーレ国際建築展」(2012年8月29日-11月25日)の国別参加部門において、国際交流基金が主催する日本館が、最高賞にあたる金獅子賞を受賞した。

日本館のテーマは「ここに、建築は、可能か」。東日本大震災による津波で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市で建設中の集会所「みんなの家」を紹介した展示だ。

「被災地は、人々が自然と共に生きていた場所であり、人と人とのつながりが非常に強い場所です」と日本館のコミッショナーを務める伊東豊雄氏は言う。「多くの建築家が、都市を中心とした建築を考える中、そうした場所で建築を作ることは、未来の建築を考えるきっかけにもなると思ったのです」

「みんなの家」は、東日本大震災後、伊東氏のイニシアティブでスタートしたプロジェクトで、被災者が気軽に集まり、話し合ったり、飲んだり食べたりする憩いの場を、被災者の意見を聞きながら作るという試みである。現在まで、被災地に4軒の「みんなの家」が完成、陸前高田市の「みんなの家」も11月中旬には竣工予定だ。

ベネチア・ビエンナーレの日本館では、陸前高田市の「みんなの家」設計の中心を担った乾久美子氏、藤本壮介氏、平田晃久氏の3名が、デザインを決めるために、試行錯誤しながら作成した模型、約120個を展示した。そして、それらの模型の間に、津波による塩害で立ち枯れた杉の丸太25本が林立する。さらに、陸前高田市出身の写真家である畠山直哉氏によって今年6月に撮影された陸前高田市のパノラマ写真が四方の壁に張られている。こうした展示デザインにより、来場者は、「みんなの家」の設計プロセスを知るとともに、被災地とのつながりを感じることができるのだ。ビエンナーレの審査員からは、「ヒューマニティあふれる展示」と高く評価された。

「展示が完成した時、今までの建築展にない不思議な展示空間になったと感じました」と伊東氏は言う。「建築は人が集まることで成り立ちます。そうした建築の原点が、審査員にも伝わったのだと思います」

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