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Highlighting JAPAN

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Yamato Nadeshiko

キラリティーの世界へ(仮訳)

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黒田玲子東京大学教授は、キラリティー(左右性)の研究で、イギリスのNatureをはじめ世界的に権威のある科学誌に多くの論文が掲載されている。長年、イギリスで研究生活を送り、現在、国際科学会議副会長、スウェーデン王立科学アカデミー外国人会員でもある黒田教授にジャパンジャーナルの澤地治が話を聞く。

──黒田先生が科学に興味を持ったきっかけをお教え下さい。

黒田玲子教授:私が育った宮城県仙台市は、当時、自然が非常に豊かでした。幼稚園児や小学生の頃、田畑、池、林でセミやコオロギなどの昆虫やカエルを獲り、家で飼ったりしました。カマキリの卵から、子どもが続々と誕生する様子を、時間を立つのも忘れて眺めていたこともあります。こうした自然の中での体験により、科学に関心を持つようになったと思います。

高校3年の時の化学の先生が、生徒に実験をたくさん行わせる授業方法をとっていました。そうした実験がとても面白く、化学の不思議さを知る一つのきっかけになりました。例えば、CO(一酸化炭素)とCO2(二酸化炭素)では、たったO(酸素)1つの違いであるのに、全く異なる性質です。世の中には非常に様々な物質がありますが、それはわずか100個ほどの原子の組み合わせで出来ているのです。なぜ、このようなバラエティが生まれるのかを解明したいと考え、大学で本格的に化学を勉強するようになったのです。

──東京大学博士課程修了後、1975年にイギリスに行かれましたが、その理由をお教え下さい。

日本では当時、博士号を取得しても大学でポストを得ることは難しかったのです。しかし、偶然、私が研究していることを必要とするポストがロンドン大学キングスカレッジに空いていたのです。1年1か月の契約でしたが、渡英することを決めました。結局、それからイギリスで約11年、研究・教育生活を送ることになったのです。

イギリスではいろいろな思い出があります。キングスカレッジの近くには有名はロイヤル・オペラ・ハウスがあり、夜、華やかに着飾った人々が出入りをしていました。そうした人々を横目に、うまくいかない実験を悩みながら家路についたことを、昨日のように思い出します。

欧州の国々を友人と貧乏旅行したことも良い思い出です。スウェーデンのストックホルムの市庁舎近くのベンチに座って、バゲットとチーズだけの夕食をしたことが印象に残っています。それから20年後に、その市庁舎でノーベル賞授賞式の晩餐会に出席できるとは、当時は、夢にも思いませんでしたね。

──黒田教授の専門としているキラリティーの重要性とは何でしょうか。

靴は左と右で対称的な構造をしています。物質の中にも、原子の種類や数、原子の結合の仕方も同じであるのに、靴の左右のように、分子構造が左右反対の物質があります。そのように左右二つの種類がある物質を「キラルである」と言います。このような物質は数多く存在しますが、左型と右型でまったく違う性質を持つ物質もあるのです。1960年代に、薬害の原因となったサリドマイドがその一例です。サリドマイドには左型と右型の二種類がありますが、その左型が胎児に悪影響を及ぼしたことが、後の研究で分かったのです。

アミノ酸もキラルな物質で、人工的にアミノ酸を作ると左型と右型は同量になります。しかし、なぜか地球上の生物は全て左型のアミノ酸からできたタンパク質でできているのです。この謎を解くことは、生命の起源の秘密に迫ることにもなります。

このように、キラリティーは、人々の生活や生命に深く関わっているので、研究することは重要ですし、興味も尽きないのです。

──黒田先生の出身地の仙台は東日本大震災の被災地でもありますが、東日本大震災について、どのようにお感じになっていますでしょうか。

まず、震災で亡くなれた方のご冥福を祈るとともに、被災された方が一日も早く平和な生活ができますよう祈っています。東日本大震災による原子力発電所事故については、原子力発電は安全か危険かの両極端の意見が科学者からも市民からも多く聞かれます。しかし、大切なことは、最初から、原子力発電は絶対に安全あるいは危険と決めつけることではなく、そのリスクやベネフィットを社会的、科学的に考えた上で、議論し、判断することなのです。

私は以前から、ソーシャル・リテラシーを持った科学者とサイエンス・リテラシーを持った一般市民を育てる必要があると訴えてきました。そのために、私は、東京大学に全学大学院対象の副専攻を作り、科学技術と社会の間に立って、双方のコミュニケーションを活性化する「科学技術インタープリター」の養成に取り組んできました。今回の原子力発電事故を巡る人々の議論を聞き、科学技術インタープリターを増やしていかなければならないという気持ちがさらに強くなっています。

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