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Highlighting JAPAN

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科学技術

環境変化に強い植物(仮訳)

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東京大学教授および国際農林水産研究センター主任研究官である篠崎和子氏はあらゆる環境変化に強い植物を作るための遺伝子組み換え技術を開発した。食糧増産、そして将来的には砂漠化防止に期待の寄せられるその技術を佐々木節が報告する。

これまで穀物生産では、アメリカやロシア、カナダやEUなどが世界をリードしてきたが、最近ではアルゼンチンやブラジルといった南米の国々も急速に生産量を伸ばしている。ただし、こうした新興国では半乾燥地帯まで広げた農地に十分な灌漑設備を作れないため、雨の少ない年にはたちまち大規模な干ばつが発生し、収穫が激減するという事態が数年に一度というサイクルで起こっている。

こうした農作物の被害を防ぐため、世界から大きな注目を集めているのが、東京大学農学生命学研究科の篠崎和子教授が手がける遺伝子組み換え技術である。

「いま、世界のあちこちで急激な環境変化や異常気象が発生しています。いかにして農作物の収穫を安定させていくかは地球規模の課題の一つとなっています。これを遺伝子の組み換えによって解決しようというのが私たちの研究目標なのです」

そもそも植物は陸上に進出して以来、長い進化の過程で高温や低温、乾燥といったさまざまな環境ストレスに対する耐性を身につけてきた。こうした耐性を働かせる耐性遺伝子は、篠崎教授が研究をスタートさせた20年近く前の時点で50種類、いまでは3000種類も見つかっている。水分を蒸発させる気孔を閉ざしたり、葉を肉厚にして水分を蓄えたり、細胞を乾燥から保護する特殊なタンパク質を形成したり……。ただし、こうした耐性は植物の成長を阻害することにもなるため、ふだんは遺伝子の中で眠っているのである。

環境ストレスに強い植物を育てるには、こうした耐性を呼び覚ましてやればよい。しかし急激な乾燥や温度変化など、様々な環境下で生き延びる強い植物を作るためには、植物がもともと持っているあらゆる耐性を一斉に発動させる必要があるのだ。「遺伝子にはその働きをオン/オフさせるカギ穴のような部分があります。そこで私たちは、さまざまな耐性遺伝子に同時に作用する指令遺伝子、つまりストレスにさらされた時に共通のカギの役割を果たす遺伝子があるのではないかと狙いを絞ったのです」

シロイヌナズナでの発見

篠崎教授らのグループが研究対象としたのはシロイヌナズナというアブラナ科の1年草だ。遺伝子のゲノムサイズが小さくシンプルで、なおかつ発芽してから6〜8週間で種子を付けるほど成長の早い植物である。ただし、花をつける植物のなかでは最少の部類にあると言われるシロイヌナズナでさえ、その遺伝子の総数は2万6000あまりにのぼる。実験室での栽培・検証を繰り返しながら、カギとなる指令遺伝子を特定するのは非常に根気のいる作業だった。

研究開始から4年かかって、ようやく耐性遺伝子に同時に作用する指令遺伝子「DREB」を、世界で初めて発見することができた。

篠崎教授は、DREBを大量に作るよう遺伝子を組み換えたシロイヌナズナを様々な環境下に置き実験を行った。遺伝子組み換えシロイヌナズナは、マイナス6℃の低温状態に2日間放置されても99.3%が枯れず(組み換え前は0%)、2週間にわたり水を一切与えなくても65.0%(組み換え前は0%)、海水だけ与え続けても79.7%(組み換え前は13.8%)が枯れなかった。1998年、この研究成果がアメリカの植物学会誌“Plant Cell”に発表されると、世界中から問い合わせや共同研究の申し入れが殺到したという。

篠崎教授によると、現在DREB遺伝子を活用した研究でもっとも進んでいるのは「乾燥に強い大豆」だという。もともと大豆は除草剤や病害虫に対する耐性を強めた遺伝子組み換え品種が普及していることもあり、新たな遺伝子への応用が比較的簡単で、ブラジルの研究機関との共同研究によりまもなく実用化というレベルまで来ているという。まだ実用化の目途はついていないが、このほかにも世界各地でイネ、小麦、ユーカリ、タバコ、落花生など、さまざまな植物でDREB遺伝子を活用する実験が行われている。

「DREB遺伝子の活用により、収穫量が多く、病害虫や農薬に強く、しかも、乾燥や低温にも耐えられるオールマイティな作物が誕生しつつあるのです。環境の厳しい土地でも安定した収穫が得られるようになれば、世界の食糧事情も大きく変わっていくことでしょう」篠崎教授は言う。「将来的には、極端な乾燥にも耐える植物を作り出すことで、DREB遺伝子の技術を砂漠化防止に役立てることができるかもしれません」

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