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February 2024

特産品が切り開く地域の活性化

  • 日本食と日本酒は訪日観光客の大きな目的にあげられている。
  • 愛知県半田市の1898年に建造された半田赤レンガ建物。旧カブトビールの工場だった。
  • 傍嶋則之さん 名古屋産業大学現代ビジネス学部教授。
    商品開発や、観光地域開発、フードツーリズムが専門。
  • 赤い果肉と芳香、ジューシーさが特徴の夕張メロン。
  • アドベリーの実。一つの実は約8gと他のベリー類より大ぶりだ。
    Photo: はなつむぎベリーファーム
  • 収穫時期が短いが加工品として長く流通する。
    Photo: はなつむぎベリーファーム
  • 酒造大手メーカーもアドベリーを使った商品を開発。滋賀県のほか、京都府・福井県・石川県・富山県と近隣のエリアで展開。(写真はチューハイ*****)
    Photo: 宝酒造
  • 愛知県半田市の運河沿いの景観。黒板囲いの蔵が並ぶ。
日本食と日本酒は訪日観光客の大きな目的にあげられている。

地域経済を活性化させるための施策には、様々な取組があるが、地域の資源を生かした特産品の開発も、大きなきっかけになる。地域ブランド開発などに携わる名古屋産業大学教授の傍嶋則之(そばじま のりゆき)さんに、その現状や実例などについて話を聴いた。

傍嶋則之さん 名古屋産業大学現代ビジネス学部教授。商品開発や、観光地域開発、フードツーリズムが専門。

物流システムが高度化し、情報もいち早くインターネットを通じて共有される現代社会にあって、地域ごとの特産物の在り方、あるいは特徴といったことを、経緯や実例なども含めてお教えいただけますでしょうか。

日本の食を例にまずはお話したいと思います。現代社会では、インターネットやS N Sを通じて、旅先の食べ物や飲み物は広く紹介され、また、投稿されるものを見て、食を求めて旅へ出たいと喚起されたりします。訪日外国人の旅行で期待していること、満足したことの調査結果*で、どちらも"食"は1位です。また、観光庁が行っている訪日外国人の消費動向調査**でも、訪日前に期待していたことの1位は「日本食」、6位は「日本の酒」と、旅の目的に"食"の占める割合が高いことがわかります。このことから、特徴のある特産品、"食"を発掘することができれば、何日も滞在するような観光資源を持たない地域でも、充分に観光客を呼び込み、地域の活性化につなげることができると考えられます。そのため、日本では以前から様々な取組が行われてきました。例えば、1960年に北海道夕張市で品種改良、栽培に成功した「夕張メロン」です。炭鉱の町として栄えていましたが、鉱山の閉鎖とともに衰退した地域活性化の目的で作られた果物です。60年あまり、地元の生産者の徹底した管理体制によって品質を保ち、夕張市特産の高級フルーツとして、全国的な知名度を誇っています。今でも関連商品も多数発売されるなど、成功した特産品の一例です。

一方で、町おこしを目的としていても、町の名前をつけただけのような商品は、やはりうまくいきません。

私は数多くの商品開発に関わってきましたが、「特産品」として地域に根付き、地域経済を活性化させるきっかけとなるために必要な要素は三つあると考えています。一つ目は、もちろん地域の資源を使うこと。二つ目はそこに物語性があるか。三つ目は、地域の人たちが関わっているか、です。この三つの要素がそろって初めて「特産品」と言えるでしょう。

赤い果肉と芳香、ジューシーさが特徴の夕張メロン。

特産品が地域の活性化につながった事例を、誕生や活性化に至るストーリーなども交えて、ご紹介ください。

滋賀県高島市の旧安曇川町(あどがわちょう)の「アドベリー」です。新しく道の駅***ができるにあたり、町の特産品を作るべく、2003年から栽培を開始しました。当時、日本ではほとんど栽培されていなかった、ボイセンベリー****というニュージーランドの果実の作付けに成功し、安曇川のベリー=アドベリーと命名されました。アントシアニンなど、抗酸化機能性成分が大変多く含まれ、栄養価が高いのが特徴です。収穫時期が短く、摘むと1日しか持たないため、生食用がほとんど市場には出回りません。その希少性も相まって、直売される道の駅は多くの人で賑わいます。収穫祭と称して大きなイベントも開催されますし、ジャムやお菓子などの加工品は人気商品となるなど、アドベリーは特産品として浸透しています。地元の高校生にも、収穫や販売を体験してもらうなど、関わりをもつ人が増えていることも、成功をおさめている理由だと思います。

その他で印象に残っているのは、長野県の小布施(おぶせ)市です。ここは栗の産地として有名な地域ですが、たまたま道で出会った女性が、どれだけ小布施がよい町かを私に話してくれました。何気ないことですが、地元の方の中に、地元の良さを語れる人がいるということは、すでに地域PRの人材育成ができているということです。

アドベリーの実。一つの実は約8gと他のベリー類より大ぶりだ。 Photo: はなつむぎベリーファーム
収穫時期が短いが加工品として長く流通する。 Photo: はなつむぎベリーファーム
酒造大手メーカーもアドベリーを使った商品を開発。滋賀県のほか、京都府・福井県・石川県・富山県と近隣のエリアで展開。 Photo: 宝酒造

外国人観光客におすすめの特産品はどのような地域のものがありますか。

愛知県半田(はんだ)市の事例を紹介します。ここは古くから酒造りや醸造が盛んな土地で、世界的にも知られている「ミツカン酢」の醸造所もあります。17世紀、早(はや)寿司******に合うすし酢を作ってヒットし、町が発展したという経緯があります。水運が盛んで運河が発達、産業が発展したため、20世紀初頭の歴史的建造物も多く、街歩きも楽しめます。また、「尾州早(びしゅうはや)すし*******」という、17世紀の寿司を再現もしています。こうした伝統文化や、郷土料理をもっと掘り起こすことで町の活性化にもつなげていけると思っています。

愛知県半田市の運河沿いの景観。黒板囲いの蔵が並ぶ。
愛知県半田市の1898年に建造された半田赤レンガ建物。旧カブトビールの工場だった。
尾州早すしの盛り付け例。その特徴は一つの大きさが一般的な日本の握り寿司の2.5倍と大振りなことだ。 Photo: 半田市観光協会

大分県発の「一村一品運動」は海外における地域の活性化のモデルにもなっていますが、今後、日本の地域の特産品はどのように発展を遂げていくでしょうか。

「一村一品運動」********(「大分県の一村一品運動による地域の活性化」参照)は1980年頃から国内で展開され、一定の成果は見られたものと思います。ただ、冒頭に申し上げたインターネットの普及などもあり、日本国内だと、いわゆる通販で現地に行かずとも短期間で特産品を得られるようになった現在では、観光と絡めて集客をのばし、特産品の購買、地域の活性化につなげるような広がりが創れるかがカギとなるでしょう。先にも触れましたが、訪日外国人の消費動向調査1位「食」、6位「日本酒」とあったことは、2013年にユネスコの世界遺産に「和食」が認定されたことが大きく影響していると思います。ですから、食の特産品も単なる地域で産出する産品ではなく、「和」、すなわち日本のイメージをより強調したものがよいと思います。消費者動向調査の5位には「温泉」も挙げられていることから、コロナ禍後、特に閉業に追い込まれた温泉旅館も多いという現状を考えると、「温泉」「食」「酒」の三つがスクラムを組んで、開発、創造が必要だとも考えています。

私が研究している、フランスアルザス地方のバール村で行われているガストロノミー・ウォーキングというイベントがあります。ワインの生産地である村内をウォーキングしながら、途中設けられたフードポイントで、料理とワインを楽しむイベントです。

今後、日本国内でも近年の健康志向の高まりも受け、食べるだけではなく、ウェルネスツーリズム*********がもっと注目を集め、楽しまれていくのではないかと考えています。

* 公益財団法人日本交通社「旅行年報2020」
** 観光庁「訪日外国人消費動向調査」2023年1-3月期報告書より。訪日外国人の消費動向を日本各地で3か月ごとに調査を実施。
*** 道路利用者のための休憩施設。駐車場にレストランや売店などを備え、地域の情報発信、活性化も目指して誕生。
**** キイチゴの仲間。ベリー類のなかでも大きい種類。酸味は少なく香りが良い。
***** 一般に、焼酎やウオツカ等無色で香りのないスピリッツをベースに、果汁などを加えて炭酸で割った飲み物を指す。
****** 酢を混ぜたごはんと寿司だねを使用する寿司の総称。寿司の原型は、熟鮓(なれずし)という魚介と塩とご飯を発酵させたものだったが、熟成不要ですぐに食べられる寿司として誕生。握り寿司の原型。
******* 17世紀の文献を参考に特産品として再現された寿司。尾州は尾張(おわり)国の異称で、現在の愛知県の西部地域を指す。
******** 地域の伝統的な資源や技術を活用して、一つの町村ごとに一つ以上の新たな特産品を創ることを主眼とした村おこし運動。 1979年、当時の大分県知事・平松守彦の提唱により始まった。
********* 国連世界観光機関(UNWTO)によれば、メディカルツーリズムともにヘルスツーリズムの一種とされる。ウェルネスツーリズムは、運動、リラクゼーションなどを取り入れ健康回復・増進・保持を図るアクティビティ型と、自然、温泉、料理を味わい、心身を癒す休養型に分けられるとされる。なお、メディカルツーリズムはエビデンスに基づく医療行為として行われる。