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January 2024

日本の雪にまつわる秘密

  • ふわふわと柔らかい雪が積もる北海道のニセコ
  • 雪燈籠が幻想的な風景を描く弘前城雪燈籠まつり
  • 古川義純さん
    北海道大学名誉教授、中谷宇吉郎 雪の科学館館長。北海道大学低温科学研究所の所長などを務め、JAXAのきぼう日本実験棟で、宇宙における氷の結晶成長の実験も行っている。
  • 19世紀中頃の浮世絵。中央の女性は結晶柄の着物姿。《江戸風俗東錦絵 隅田川雪見》一猛斎芳虎 出典: 国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」(https://www.ndl.go.jp/landmarks/)
  • 六角形を描く、雪の結晶
    Photo: 古川さん提供
  • 宇宙で行われた結晶の実験の様子 Photo: 古川さん提供
  • 石川県にある、 中谷宇吉郎 雪の科学館 (kagashi-ss.com)
  • 雪の科学館の中庭には中谷芙二子の霧の彫刻「グリーンランド氷河の原 霧の庭 #47704」が常設 Photo: 潮津保
ふわふわと柔らかい雪が積もる北海道のニセコ

日本は世界でも有数の雪国であり、冬ならではの雪景色を見ることができる観光地も多い。身近な存在であるが意外と知らない雪のさまざまな秘密について、北海道大学名誉教授である古川義純(ふるかわ よしのり)さんにお話を伺った。

古川義純さん
北海道大学名誉教授、中谷宇吉郎 雪の科学館館長。北海道大学低温科学研究所の所長などを務め、JAXAのきぼう日本実験棟で、宇宙における氷の結晶成長の実験も行っている。

日本は世界有数の雪国ですが、そもそも冬になるとなぜ雪が降るのでしょうか。

日本は緯度的には比較的南に位置するのですが、世界の中でも降雪量の多い国のひとつです。それには地形の特徴が大きく影響しています。日本列島は西側に日本海があり、その先に大陸が広がっています。冬になると大陸の北の方にある非常に乾いていて冷たい空気の塊が、風が吹くことで日本海を渡って、日本列島にやってくる構造になっています。日本海を渡る際に、温度の高い海水から水蒸気がたくさん立ち上り、空気に水蒸気が含まれます。それが日本列島に上陸すると、高い山脈に冷たい北風が吹くことで上空の温度が-マイナス15度からマイナス20度になり、水蒸気が冷えて固まり雪になって降ってくるのです。

日本に豪雪地帯が多いのはなぜなのでしょう。また日本の雪ならではの特徴がありましたら教えてください。

降雪には地形的な特徴と気温が関係してきます。雪はもともと水ですから0度で溶けます。なので上空の雲で生成した雪は、地上の気温が0度以下の地域ではそのまま雪として降りますが、東京などでは暖かいので地上に届くころには溶けて、雨になってしまいます。すなわち,北海道や東北、北陸地方などの気温の低いところでは、雪がそのまま降ってくるので降雪量も多くなります。また、最近は海外の方が北海道に降る雪を「JAPOW」=JAPAN POWDERと呼ぶことがあります。北海道は日本の最北端に位置し、標高の高い山岳地帯も多いので、水蒸気からできる雪の結晶が低温の影響で乾いた状態で地上に降ってくるので、非常にふわふわした粉雪となるのです。ニセコなどのスキー場は積もったすぐの雪でスキーをすると、羽毛のように舞い上がりすっぽり体がうまってしまうくらい柔らかい。北海道の地理的条件と特有の気候が、世界でも有数の質感を持つパウダ―スノーをもたらしていると言えるでしょう。

北国ですと雪の結晶を見かけることがありますが、なぜ結晶は様々な形をしているのでしょうか。

昔の浮世絵に結晶の絵があったり、着物の文様になったり、日本人は雪の結晶に関して特別な思いがあったようです。

19世紀中頃の浮世絵。中央の女性は結晶柄の着物姿。《江戸風俗東錦絵 隅田川雪見》一猛斎芳虎 出典: 国立国会図書館「錦絵でたのしむ江戸の名所」(https://www.ndl.go.jp/landmarks/)

雪の結晶の形は、結晶ができるときの気温と大気中の水蒸気の量の条件で決まります。したがって、雪が生成されている上空の雲の中がどのような条件かで、できる結晶の形も変化します。

しかし、地上で観察する雪の結晶では、いわゆる樹枝状結晶と呼ばれる綺麗な六本の枝が伸びた結晶が多いと思います。科学的事実として、これは、マイナス15度前後の狭い気温条件で生成されます。この樹枝状結晶は、細い枝の先端がどんどん伸びるので、他の温度領域と比べて結晶のサイズの増加が急速であるという特徴があります。私達が住んでいる地域では、地上の気温がマイナス15度よりも下がることはめったにありませんが、上空の雲の中には必ずこのマイナス15度の気温の領域が存在します。このため、雪の結晶は、落下途中にこの気温の領域を必ず通過することになります。このとき、一気に樹枝状に成長するので、どうしてもこの六本の枝が伸びた樹枝状結晶が観察される機会が多くなると言えます。

ではなぜ結晶は六角形なのか。構成する原子なり分子なりが三次元的に規則正しくならんだものを結晶と呼ぶのですが、その並び方に反映してその結晶の外側の形、外形も決まってきます。雪の結晶は水分子でできていて、分子の並び方が六角形を基本にしているので、それが結晶の外形にも反映され、我々の目に見えるような大きさの雪の結晶も六角形が基本の形になるのです。

六角形を描く、雪の結晶 Photo: 古川さん提供

最近の雪の活用方法、あるいは科学的にみた雪の潜在的なパワーといったことをご紹介いただいてよろしいでしょうか。

昔から日本では雪をさまざまな工夫で利用してきました。分かりやすい例だと,冬に特有なスポーツやかまくらなどのイベント、また、冬の野菜を保存する冷媒として使用したりしています。最近では、雪や氷の研究がグローバルな環境問題などと関連して、さまざまな分野に応用できると期待されています。

私の専門は、結晶がどのように成長をしていくかという過程を研究する結晶成長と呼ばれる分野なのですが、氷や雪の研究もこの分野に大きく貢献しています。具体的には、2008年から宇宙ステーション「きぼう」で氷の結晶を成長させる実験を行いました。

宇宙で行われた結晶の実験の様子 Photo: 古川さん提供

これは、宇宙空間は無重力ですので、結晶の成長の過程を調べるのに非常に理想的な空間だからです。結晶は、LEDや半導体など現代の工業材料の基幹となる重要な工業材料です。氷の研究で明らかになった結晶の成長のしくみが、このような材料結晶の生成にも役立っています。また、次世代のエネルギーとして注目されているクラスレート・ハイドレート*という結晶体も水分子が規則的に並んだ氷に似た結晶ですから、その生成のしくみを理解することがエネルギー問題の解決につながります。

同時に、南極や北極などの寒冷圏には大量に雪や氷が存在していますが、それらは地球温暖化をはじめとして、さまざまな地球の気候変動と関係していると言われています。雪や氷のさまざまな性質を解明することで、環境問題を解決する可能性も生まれるかも知れません。

先生がおすすめする日本の雪景色を教えてください。

自然信仰が根強かった日本では、雪には神秘的な力が宿っていると考えられてきました。ですので雪の季節になると、日本各地ではさまざまな神事が催されます。自然現象を神の御神(おみ)渡りととらえて拝観する長野県の諏訪湖御神渡り(おみわたり)**や、滝にできたつららの太さでその年の作柄を占う岩手県花巻市のたろし滝の計測などは時期が合えばぜひ体験してみていただきたいと思います。また、青森県弘前市の弘前(ひろさき)城で行われる弘前城雪燈籠まつりは、約150基に及ぶ大小様々な雪燈籠や雪像が、雪化粧のお城を柔らかい灯りで照らす、非常に幻想的な光景を楽しめるお祭りです。

雪燈籠が幻想的な風景を描く弘前城雪燈籠まつり

北海道でも札幌雪まつりなど様々な催しが行われますが、いずれも長くて辛い北国の冬を楽しく演出しようとする市井の人々の思いが反映されている気がしますね。

また機会があれば私が館長を務めている雪の科学館にもぜひ足を運んでみて欲しいです。世界に先駆けた数々の研究領域を切り拓き、雪氷学の礎を築いた中谷宇吉郎(なかや うきちろう)先生の功績を記念して設立された科学館ですが、ニューヨーク近代美術館(MoMA)などに作品が収蔵されている世界的なアーティストである中谷先生の次女 中谷芙二子(ふじこ)さんの霧の彫刻***など興味深い展示もありますし、雪や氷を用いたさまざまな実験も楽しむことができます。

石川県にある、 中谷宇吉郎 雪の科学館(kagashi-ss.com
雪の科学館の中庭には中谷芙二子の霧の彫刻「グリーンランド氷河の原 霧の庭 #47704」が常設 Photo: 潮津保

中谷宇吉郎先生の有名な言葉に「雪は天から送られた手紙である」というのがあります。手紙を読み取ることで、地表のさまざまな問題が解決するという意味もありますし、雪はまさに天からの贈り物であるという意味も込められているような気がします。ぜひ冬の日本を訪れた際には、雪を楽しんでいただけたらと思います。

* 水分子がつくる、かご状構造の中に水以外の物質を封じ込めて結晶化
した物質。そのかごに収まる物質の多くは、メタンや窒素、二酸化炭素
(CO2)などの疎水性(水に対する親和性が低く、水に溶けにくい、水と混じりにくい性質)のガスであり、ガスの固形化技術として注目されている。
** 凍結した湖、沼の氷が堤状にせり上がる自然現象。長野県諏訪湖のも
のが有名で、昼夜の寒暖差などにより裂け上がった氷の高さは30センチから1メートル80センチほどになる。諏訪湖を横切るようにできるため神が渡った跡とし、この名がついた。
*** 中谷芙二子が大阪万博(1970)で世界で初めて発表した彫刻作品。特殊なノズルから高圧力で水を噴出させ、人工的な霧を発生させることによって制作する。つくりだされた霧は周辺を白い世界に包み込み、見る者は漂う霧の中にまで入って体感できる。