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December 2023

流鏑馬―日本の古式弓馬術の800年の伝統を今に―

流鏑馬の出場風景
射手は鎌倉武士を目の当たりにするような伝統的な笠、装束、家紋の入った射篭手を身につけ、太刀、弓、矢などを携えて馬場に向かう。
Photo: 大日本弓馬会
  • 疾駆する馬上から矢を放つ流鏑馬の射手。
    Photo: 大日本弓馬会

「日本博2.0」は、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の機運醸成やインバウンド需要の回復、国内観光需要の一層の喚起を目指しつつ、「日本の美と心」を体現する我が国の文化芸術の振興及びその多様かつ普遍的な魅力を国内外に発信している。国内の文化施設、芸術団体などさまざまな主体が多種多様な事業を実施、参画している一大プロジェクトだ。多くの事業の中から、今月号は約800年にわたって受け継がれてきた伝統の流鏑馬(やぶさめ)*を護持継承している大日本弓馬会の取組を紹介する。

800年の伝統をもつ武田流の流鏑馬

疾走する馬上から次々と的を射る流鏑馬。天下泰平(てんかたいへい)、五穀豊穣(ごこくほうじょう)、万民息災(ばんみんそくさい)**を願う神事として、日本各地の神社などに奉納されてきた。

疾駆する馬上から矢を放つ流鏑馬の射手。 Photo: 大日本弓馬会

なかでも、公益社団法人大日本弓馬会(だいにほんきゅうばかい)が普及に努めている武田流(たけだりゅう)は、12世紀末以来約800年の歴史を持つ最古の流鏑馬の流派の一つだ。武田流は、暴れ馬を乗りこなすことを身上とするなど、鎌倉武士***が鍛錬を重ねた実戦的な技術・気風を今に伝えている。そして、毎年、明治神宮(東京都渋谷区)、上賀茂(かみがも)神社(京都府京都市)、寒川神社(神奈川県寒川町)などで勇壮な流鏑馬や笠懸(かさがけ)*を披露してきた。

流鏑馬の騎乗者を射手(いて)という。射手は「立ち透かし(たちすかし)」と呼ぶ日本独自の馬術法を身につけている。これは、鐙(あぶみ)****に全体重を乗せ、脚で馬体を挟まず、紙一重で鞍(くら)****に触れずに腰を浮かせることで人馬一体となる騎乗法である。これにより、上下動のない美しい姿勢を保ちつつ正確に的を射ることができる。武田流は、そのような古式弓馬術の伝統を最もよく伝えている流派の一つであり、世界的な映画監督である黒澤明(くろさわあきら)の作品『七人の侍』『隠し砦の三悪人』などにおいて、先代の宗家(そうけ)が馬術指導を行うとともに、実際に出演したことでも知られている。

2020年度より「日本博」に参加

近年は、流鏑馬を見学する外国人も増えている。これに応えて、大日本弓馬会では会場で流鏑馬の技術や作法、見どころなどを英語で実況してきた。また、海外から賓客が訪日した際には、日本政府や各国大使館からの要請を受けて流鏑馬を披露してきた。例えば、これまで、当時の米国大統領だったレーガン、ジョージ・ブッシュ、オバマ各氏なども見学しているという。さらに、大日本弓馬会では、流鏑馬の魅力を伝えるために海外公演も世界各地で行ってきている。

大日本弓馬会は、こうした国際親善活動の一環として、2020年度から「日本博」のプロジェクトに参画し、同会が設置した流鏑馬専用施設「鎌倉教場(かまくらきょうじょう)」での流鏑馬や明治神宮での流鏑馬のライブ配信を行った。さらに、流鏑馬を解説する動画を製作し、同会のWebページ上で日本語と英語で配信してきた。

流鏑馬馬場の図
流鏑馬の馬場のイメージ図。大日本弓馬会では、直線の長さや的の間隔は12世紀末以来の伝統に従っているという。
Photo: 大日本弓馬会

今年・2023年、「日本博2.0」の採択事業として、10月の上賀茂(かみがも)神社での笠懸神事にあたり、笠懸の解説講座、射手との交流会、同神社に930年前から伝わる賀茂競馬(かもくらべうま)との合同企画などを開催した。7月と12月にも鎌倉教場で能楽や鎌倉彫の展示・大鎧を着用した騎射のデモンストレーション・交流会などを実施した。7月に行われたイベントの模様は、同会のWebページに動画を交えて英語で紹介されている。

大日本弓馬会では、次の世代の射手を養成すべく鎌倉教場で毎週日曜日に稽古を行っており、その見学も受け入れている。門弟には、男性だけでなく女性も多く、外国人の上級者もいるなど多様だ。また、門弟の年齢層は10代から60代までと幅広く、中には高校生で射手の免許を受けた若手もいる。見学希望者は、同会のWebページを通じて申し込むことができるので、機会があれば、稽古とは言え迫力ある流鏑馬を実際に見ていただきたい。

大日本弓馬会ホームページ
https://yabusame.or.jp/

「日本博」における上賀茂神社での笠懸神事の動画
https://www.youtube.com/watch?v=H_eEhdq9eak

* 「流鏑馬(やぶさめ)」は疾走する馬上から鏑矢(かぶらや)を射流して的を射る騎射の1種で、神事として行われる場合が多い。また、「笠懸(かさがけ)」は騎乗して右下方や左下方など狙うのが難しい位置にセットされた的を射る騎射の1種で、主に武士の稽古として行われた。
** 天下泰平は世の中の争いがなく平和であること。五穀豊穣は米麦など農作物が豊作であること。万民息災は人々が健康であること。
*** 12世紀後半に鎌倉幕府(かまくらばくふ)を開いた武家政権を担った武士たち。質実剛健(しつじつごうけん)の気風を重んじ武芸にいそしんだ。
**** 鞍は馬・牛などの背に置く馬具。鐙は、鞍の両脇につるし乗り手が足をかけるもの。流鏑馬で用いる馬具は、和鞍(わぐら)、和鐙(わあぶみ)と呼ばれる日本独特のもの。