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October 2023

日本刀の歴史を紡ぐ刀剣の里「長船地域」

  • 国宝「太刀無銘一文字(たちむめいいちもんじ)(山鳥毛)(さんちょうもう/やまとりげ)」刃長79.1㎝、反り3.3㎝、重さ1.06㎏。Photo: 瀬戸内市
  • 工房で実際工程が見学できる。日本刀を製作する工程には様々な職人が携わる。刀鍛冶(かたなかじ)は鋼を熱し、打って刀身部分を作る。Photo: 瀬戸内市
  • 備前おさふね刀剣の里入り口。奥に博物館がある。Photo: 瀬戸内市
  • 研ぎ師(とぎし)は、刀身部分を研磨し、姿を整える。研ぐことで、刀の鍛え肌や刃文(はもん)と呼ばれる文様が浮かび上がる。日本刀の価値を左右する重要な工程。Photo: 瀬戸内市
  • 柄巻師(つかまきし)と呼ばれる職人が、刀剣の手で握る箇所である柄(つか)部分を紐などを巻きつけ持ちやすくする。下地には表面がでこぼこした魚のエイの皮を貼っている。Photo: 瀬戸内市
  • 絹の紐を用い、菱形になるように糸を巻いたところ。巻き方にも様々な様式があり、握りやすくする機能と、見た目の美しさを演出する。Photo: 瀬戸内市
  • 上:慈眼院は刀工の菩提寺。
    下:慈眼院の刀をかたどった絵馬は日本国内でも珍しい。この絵馬目当ての参拝客も多いという。Photo: ともに瀬戸内市
国宝「太刀無銘一文字(たちむめいいちもんじ)(山鳥毛)(さんちょうもう/やまとりげ)」刃長79.1㎝、反り3.3㎝、重さ1.06㎏。Photo: 瀬戸内市

日本刀は、最近、日本のアニメやゲームのブームにより、若者や女性のあいだでも関心を集めており、海外でも人気がある。日本刀の魅力について海外発信にも力を入れている岡山県の長船(おさふね)地域について紹介する。

岡山県の中心都市・岡山市の東を流れる吉井川を挟んで隣接した瀬戸内(せとうち)市は、西日本の中でも雨が少なく穏やかな地域だ。市の北部にある長船地域は、そばを流れる吉井川上流で日本刀に適した砂鉄がとれ、製鉄が盛んだったため、水運により、鋼(はがね*)を容易に入手できた。そのことなどから、国内最大の刀剣の産地となった。文化観光に携わっている瀬戸内市役所の若松挙史(わかまつたかし)〉さんに長船地域の刀剣づくりの歴史と関連する文化について話を聞いた。

備前おさふね刀剣の里入り口。奥に博物館がある。Photo: 瀬戸内市

「長船を含む現在の岡山県の南東部一体は古くは備前国(びぜんのくに)であったことから、長船を中心とした吉井川下流域で作られた刀は備前刀(びぜんとう)と呼ばれています。備前刀はその質の高さで知られ、政府が指定する国宝の刀剣類111口**のうち47口を占めています。また、現在、国内に300万口残っているとも言われています。まさに質・量ともに日本一の生産地だったと言えるでしょう」。

工房で実際工程が見学できる。日本刀を製作する工程には様々な職人が携わる。刀鍛冶(かたなかじ)は鋼を熱し、打って刀身部分を作る。Photo: 瀬戸内市

長船地域では1000年ごろから刀の生産が行われ、「福岡一文字派」***、続いて「長船派」****と呼ばれる刀工集団が隆盛。1920年ごろまで、長船派による作刀が長く続いた。刀の生産地は国内にいくつかあるが、一つの流派が700年余りも作刀が続いた地域は長船だけだという。そして、現在では「備前長船(びぜんおさふね)刀剣博物館」や刀鍛冶が作業する鍛刀場(たんとうじょう)、刀剣職人の工房を有する「備前おさふね刀剣の里」、といった施設があり、日本刀の歴史と技術を後世に伝承し続けている。

研ぎ師(とぎし)は、刀身部分を研磨し、姿を整える。研ぐことで、刀の鍛え肌や刃文(はもん)と呼ばれる文様が浮かび上がる。日本刀の価値を左右する重要な工程。Photo: 瀬戸内市
柄巻師(つかまきし)と呼ばれる職人が、刀剣の手で握る箇所である柄(つか)部分を紐などを巻きつけ持ちやすくする。下地には表面がでこぼこした魚のエイの皮を貼っている。Photo: 瀬戸内市
絹の紐を用い、菱形になるように糸を巻いたところ。巻き方にも様々な様式があり、握りやすくする機能と、見た目の美しさを演出する。Photo: 瀬戸内市

この「備前長船刀剣博物館」は、備前刀の最高峰とも評され、我が国の刀剣を代表する・国宝「太刀無銘一文字(たちむめいいちもんじ)(山鳥毛)(さんちょうもう・やまとりげ)」*****をはじめ、約400口の刀剣類を所蔵する。「山鳥毛」という呼び名は、刀の表面に浮かび上がる変化にとんだ激しくも美しい刃文が、「山鳥の羽毛」とも「燃える山々」のようだとも言われていたことに由来する。鋼を熱し、打って刀身部分を作る職人を刀鍛冶(かたなかじ)と呼ぶ。この地域で有名な刀鍛冶は、福岡一文字派の祖で後鳥羽上皇(ごとばじょうこう******)が重用した則宗(のりむね)や、織田信長(おだのぶなが*******)が愛した刀剣を製作した長船派の光忠(みつただ)などがいる。また、「備前おさふね刀剣の里」の工房では、日本刀の製作作業の見学や、職人が直接指導する小刀製作のワークショップにも予約すれば参加可能だ。「刀剣を鑑賞するだけでなく、職人の作業を間近に見て、実際にふれあえるところが海外の方々に好評です」と若松さん。

福岡一文字派を代表する刀工、吉房(よしふさ)の作。14世紀に活躍。Photo: 瀬戸内市
備前おさふね刀剣の里にゆかりのある、刀鍛冶などが力を合わせて製作した刀。現代の刀工たちの作品だ。Photo: 瀬戸内市

同博物館では、外国人観光客に「日本刀ならオサフネ(長船)」とイメージしてもらえるように情報発信に力を注いでいる。英国人の多言語支援員による英語での館内案内、英語による情報発信を実施。また、海外客の約半数がフランス人であるため、フランス語にも対応。「鋼からできたとは思えない日本刀の輝きは、一口一口同じものはない美しさを有しています。日本では、古来、刀剣は神の依り代(よりしろ)********とされ、優れた刀剣には魂が宿るとされてきました。そのような神性や美を感じ、現在まで守り伝えてきた日本人の精神性や文化の魅力を感じながら鑑賞して欲しいですね」と若松さんは語る。

備前長船刀剣博物館。フランスから訪れる観光客が多いという。Photo: 瀬戸内市

備前長船刀剣博物館の近くには、刀工の菩提寺(先祖代々の墓がある寺)である慈眼院(じげんいん)や、刀工の信仰の対象となった靱負(ゆきえ)神社がある。「どちらも絵馬*********や御朱印**********に刀が描かれており、刀剣ファンにも人気のスポットです。日本刀文化の集積地として周辺の観光も大いに楽しんでいってもらいたい」と若松さんは話す。

日本刀に少しでも興味がある方は、瀬戸内市の長船地域に足を運ばれることをおすすめしたい。

上:慈眼院は刀工の菩提寺。
下:慈眼院の刀をかたどった絵馬は日本国内でも珍しい。この絵馬目当ての参拝客も多いという。Photo: ともに瀬戸内市

* 鋼は、鉄と炭素でできており、炭素量の含有量が0.02~2%のものをいう。鉄は炭素含有量が0.02%未満のものを指す。鉄は酸化しやすいのでもろく、鋼は強度と粘り強さに優れている。
** 刀の数え方は「本」「振り」「腰(こし、よう)」などいくつかある。1口と書く場合、いっこう、ひとふり、ひとくちと読む場合がある。
*** 12世紀ごろに栄えた刀工の一派。備前福岡の地で起こったのが名前の由来。華やかな刃文が特徴で、国宝の山鳥毛もこの福岡一文字派によるもの。代表的な刀工は「則宗(のりむね)」「宗吉(むねよし)」「吉房(よしふさ)」など。
**** 13世紀ごろから始まった日本刀最大の流派。明確な年代が分かる最古の刀は、光忠の子、長光(ながみつ)作の1274年のもの。豪壮な姿と華やかな刃文が特徴。国宝の「大般若長光(だいはんにゃながみつ)」などがある。
***** 「太刀無銘一文字(たちむめいいちもんじ)(山鳥毛)(さんちょうもう・やまとりげ)」は作風から12世紀末〜1333年鎌倉時代中期に福岡地区(現在の瀬戸内市長船町)の刀工集団、福岡一文字派の作。刀工の名前は不明。1953年に国宝に指定。
****** 12世紀に在位していた天皇。文化芸術をたしなみ刀剣愛好家だったという。
******* 15世紀に活躍した、優れた行動力で天下統一の道を突き進んだ武将。
******** 神や心霊が宿るとされている対象物。
********* 神社や寺院に願いごとのために奉納する木製の額。
********** 神社や寺院に参拝した証として頂ける印章。各神社や寺院によってデザインが異なるため、収集する人も多い。