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July 2023

縫箔 茶地百合御所車模様(ちゃじ ゆり ごしょぐるま もよう)

  • 縫箔 茶地百合御所車模様 安土桃山時代・16世紀(東京国立博物館所蔵)
    安土桃山時代の小袖は、袖幅が狭く、身幅が広い点が、現代のキモノと異なります。刺繡と金箔で模様をあらわした小袖のことを縫箔と称し、この時代の身分の高い武家女性が着用した他、女性役の能装束にも用いられました。
    出典:ColBase
  • 岩佐又兵衛(いわさ またべえ)筆「洛中洛外図(舟木本)」部分 江戸時代・17世紀 (東京国立博物館所蔵)
    袖幅の狭い小袖を着用し、細い帯をしめた姿で京都市中を歩く女性たち。江戸時代初期でも、まだ、このような形態のキモノを身にまとっていました。
  • 縫箔 茶地百合御所車模様(部分) 安土桃山時代・16世紀 (東京国立博物館所蔵)
    御所車の部分には、細密な刺繡が施されています。強い撚りのかかった糸を併用することによって、御簾(みす)*****や紐の部分には、より立体感のある質感が生まれます。
縫箔 茶地百合御所車模様 安土桃山時代・16世紀(東京国立博物館所蔵)
安土桃山時代の小袖は、袖幅が狭く、身幅が広い点が、現代のキモノと異なります。刺繡と金箔で模様をあらわした小袖のことを縫箔と称し、この時代の身分の高い武家女性が着用した他、女性役の能装束にも用いられました。
出典:ColBase

日本の伝統文化の象徴でもある「キモノ」。その原点は、江戸時代(17世紀初頭~19世紀後半半ば)の「小袖」にあります。もともと貴族の下着だった小袖は、その江戸時代に入る前の16世紀後半、日本の時代区分で室町時代後期から安土桃山時代*にかけて表着として着用されるようになり、刺繡や絞り**などで美しく飾られるようになりました。今回は、安土桃山時代の小袖の中から、刺繡と金箔で模様を表わした縫箔(ぬいはく)と呼ばれる技法で装飾された作品を紹介します。

現代のキモノの形を比較してみると、この小袖は袖幅が狭く、丈も短くなっています。これは、室町時代後期から江戸時代初期に特有の小袖の形です。この時期、人々は肘から手先を丸出しにして、キモノは身丈と同じ長さでゆったりと着用していました。そこに5㎝ほどの幅の狭い帯を締めていたことが、当時の風俗画の描写からもうかがえます。

裾から肩に向かって左右に大きくのびていく百合の花。その周りに、車輪がついた宮廷貴族の乗り物である「御所車(ごしょぐるま)」がいくつも表わされています。大きく表された百合の花に対し、まるで小人が乗車するかのように極端に小さく表された御所車の奇妙なバランスがユニークなデザインです。この御所車は、平安時代(794年~12世紀末)に貴族が移動する際に用いられた「牛車(ぎっしゃ)」のことで、本来は牛が牽(ひ)いて動かす車でしたが、鎌倉時代(12世紀末~1333年)末期には実用されなくなりました。その後、御所に住む皇室の方々が特別な行事の時のみに乗るようになったことから「御所車」と称されるようになりました。このキモノの模様は、そのような宮廷の貴人たちの優雅な生活を象徴的に表現しているのでしょう。

これらの模様は、実はすべて日本の伝統的な刺繡の技法で表わされています。和刺繡の特徴は、絹糸の光沢を生かし、ほとんど撚(よ)りのかかっていない絹糸で模様を縫い取っていきます。百合の花の模様はそのような和刺繡の特性が生きていて、白や黄色の百合の花が輝いて見えます。一方、御所車の模様は、一つ一つの模様に異なるさまざまな四季草花が細密に刺繡されており、おとぎ話に出てくるような美しさです。その一方で、御所車に結ばれた紐(ひも)の写実的な房の表現は、技巧的な和刺繡の別の一面がうかがえ、目を見張るものがあります。

岩佐又兵衛(いわさ またべえ)筆「洛中洛外図(舟木本)」部分 江戸時代・17世紀 (東京国立博物館所蔵) 袖幅の狭い小袖を着用し、細い帯をしめた姿で京都市中を歩く女性たち。江戸時代初期でも、まだ、このような形態のキモノを身にまとっていました。

刺繡模様の背景には、繊細な型紙の模様を金箔で表現した立涌(たてわく)模様***が、現状では磨(す)り落ちてしまっているため、わずかに見え隠れしています。小刀を用いて緻密な模様を彫り起こしてステンシルのような型紙を用いて、金箔で模様を表現することも、安土桃山時代に発展した日本独特の技法です。当時の刺繡や型紙の技法を駆使した縫箔のこの優品は、もっとも古い能楽の歴史を持つ奈良・金春(こんぱる)家****で用いられ、現代に伝わりました。

縫箔 茶地百合御所車模様(部分) 安土桃山時代・16世紀 (東京国立博物館所蔵)
御所車の部分には、細密な刺繡が施されています。強い撚りのかかった糸を併用することによって、御簾(みす)*****や紐の部分には、より立体感のある質感が生まれます。

* 室町時代は、広義では、足利氏が武家政権のトップの将軍に就任していた1336年から1573年を指す。室町の名称は三代将軍・義満(よしみつ)が拠点とした京都の邸宅の場所・室町に由来する。また、安土桃山時代は、織田信長、次いで豊臣秀吉が武家政権を担った時代で、諸説あるが、一説として、1573年から17世紀初頭を指す。安土は信長の、桃山は秀吉の居城の名称に由来する。
** 絞り染めのこと。布地を糸で括ったり器具で挟んだりして防染した後に染料で染める技法。
*** 湯気が沸き立つように連続する曲線の縞模様で、霊気が立ち上る様子を表わした吉祥模様。公家の間で特に好まれた。
**** 能楽最古の歴史を有する流派。能楽は、日本の古典芸能で、「能」と「狂言」からなる。能は14世紀頃に大成した歌舞劇。狂言はせりふによる喜劇。2008年、ユネスコの無形文化遺産に登録された。
***** 細く割った竹や葦(あし)などを並べ、糸で編んだブラインドカーテン状のものを簾(すだれ)と言い、住宅などの開口部に吊り下げて用いる。風を通しながら日よけや目隠しとして機能。すだれの高級な縁付きのものを御簾と呼ぶ。


東京国立博物館 本館9室「日本美術の流れ 能と歌舞伎 縫箔―刺繡と金箔の和様美」
縫箔 茶地百合御所車模様は、2023年8月8日 ~ 2023年10月1日まで展示されています。