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May 2023

打掛 紅綸子地御簾薬玉桜模様(べにりんずじ みす くすだま さくらもよう)

  • 打掛 紅綸子地御簾薬玉桜模様
    裕福な商家に嫁いだ若い女性が着用した打掛でしょう。刺繡や絞りで手の込んだ豪華な模様を施して、宮中の行事にちなんだ端午の節供の模様を表わしています。
    出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/
  • 打掛 紅綸子地御簾薬玉桜模様(背部分)
    小さな白いドットは一粒一粒、糸でくくって絞り染した鹿(か)の子絞りです。江戸時代初期から好まれるようになり「京鹿の子」の名で知られています。金糸や絹糸を用いた刺繡は、絵画的な模様に立体感を加えています。
  • 高級染料の原料だった紅花
  • Oyama Yuzuruha, TOKYO NATIONAL MUSEUM SELECTIONS:Edo Fashion; KOSODE ROBES, 2020, Tokyo National Museum
    東京国立博物館に所蔵される300点あまりの江戸時代の小袖の中から、選りすぐりの54点の小袖を、流行の変遷とともに紹介しています。
打掛 紅綸子地御簾薬玉桜模様
裕福な商家に嫁いだ若い女性が着用した打掛でしょう。刺繡や絞りで手の込んだ豪華な模様を施して、宮中の行事にちなんだ端午の節供の模様を表わしています。
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/
打掛 紅綸子地御簾薬玉桜模様(背部分)
小さな白いドットは一粒一粒、糸でくくって絞り染した鹿(か)の子絞りです。江戸時代初期から好まれるようになり「京鹿の子」の名で知られています。金糸や絹糸を用いた刺繡は、絵画的な模様に立体感を加えています。

日本の伝統文化の象徴でもある「キモノ」。その原点は江戸時代(17世紀初頭~19世紀後半半ば)の「小袖」にあります。さまざまな身分の人が一斉に日常着としてまとうようになった江戸時代の小袖の数々を、東京国立博物館のコレクションの中から紹介します。

なんと鮮やかな色でしょう!江戸時代、高級染料だった紅花(べにばな)から採取した染料で染めた、着物の上にさらに小袖を上着のように重ねて着用する「打掛」です。裾にたっぷりと綿を入れてお引きずりをするように仕立てられています。綸子(りんず)という光沢のある絹織物には、吉祥である鶴が空を舞う地紋が織り出されています。打掛には、雲間から爛漫と咲く桜をちりばめ、御簾(みす)*が風に大きくたなびくさまを模様にしています。

高級染料の原料だった紅花

御簾とともに風に揺れる薬玉は、麝香(じゃこう)・沈香(じんこう)・丁子(ちょうず)といった香料を絹で包んで玉状にし、サツキの花や橘などをかたどった造り花で全体を覆い、その下に杜若(かきつばた)や蓬(よもぎ)、五色の糸**などを垂らした飾り物です。5月5日の端午の節句(たんごのせっく)***に、宮中では、これを御簾に掛けて安寧を祈り、9月9日の重陽(ちょうよう)の節句まで飾りました。このような宮中の年中行事の模様は、宮廷生活にあこがれた町方の女性たちの間で流行しました。この打掛の例のように、四季折々の景物をまるで1枚の絵画のようにデザインするのは、日本の着物にしか見られない特徴です。

江戸時代の着物には、じつにさまざまな日本の伝統的な技法を用いて装飾が施されています。鹿の子絞り(写真「背部分」参照)といった絞り染のほか、江戸時代に飛躍的に発展した和刺繡が用いられています。和刺繡の大きな特徴は、ほとんど糸に撚りをかけずに鶸(ひわ)色、萌黄(もえぎ)色、紅(べに)色****などに染めた絹糸を、模様の形に合わせて大きく糸を渡しながらふっくらと立体的に繡(ぬ)いとっていくことです。だから、絹の光沢がとても効果的にあらわれ、刺繡の部分が宝石のように輝いてみえます。金糸は金箔を貼った和紙を細く裁断し、絹糸を芯にして巻き付けたコード状の糸を、模様の形に合わせて一つ一つ糸で留めつけています。染料では表現することのできない黄金の輝きを衣装に取り入れるための工夫でしょう。

みるからに華やかなデザインですが、既婚女性が着るために袖の長さは短く、振袖にはなっていません。おそらくは、都会の裕福な商人の若奥様が晴着としてお召しになったものでしょう。経済力があった江戸時代の商人は、身分の高い武士や宮中の女性よりも豪華で華やかな衣装を自慢げにまとっていたのでした。


東京国立博物館 本館10室「衣装」の展示
打掛 紅綸子地御簾薬玉桜模様は、2023年6月18日まで展示しています。(なお、同作品の次の展示日程は未定)
東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9:30-17:00 ※入場は閉館の30分前まで。
休館日:毎週月曜日(祝日は開館、翌平日は休館)、 年末年始、その他臨時休館あり。
https://www.tnm.jp/

Oyama Yuzuruha, TOKYO NATIONAL MUSEUM SELECTIONS:Edo Fashion; KOSODE ROBES, 2020, Tokyo National Museum
東京国立博物館に所蔵される300点あまりの江戸時代の小袖の中から、選りすぐりの54点の小袖を、流行の変遷とともに紹介しています。

* 細く割った竹や葦(あし)などを並べ、糸で編んだブラインドカーテン状のものを簾(すだれ)と言い、住宅などの開口部に吊り下げて用いる。風を通しながら日よけや目隠しとして機能。すだれの高級な縁付きのものを御簾と呼ぶ。
** 青、黄、赤、白、黒の五色の糸。
*** 節句は季節の変わり目の日を指し、古来、日本では宮中を中心に五つの節句(五節句)に邪気を祓うなどの行事を行い、それが一般にも伝わっている。端午の節句は現在では一般に男の子の健やかな成長を祈願する日。重陽の節句は「菊の節句」とも呼ばれ、無病息災や長寿を祈って菊の花を浮かべた菊酒を飲んだりする。
**** いずれも日本の伝統色。萌黄(もえぎ)色は春先の若葉のようなさえた緑色。鶸(ひわ)色は萌黄色の更に黄色を強くした明るい色。紅(べに)色は黄味がかった赤色。