December 2023
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日本にいるツルの種類と特徴及び日本人とツルとの関わりについて
ツルは、日本では縁起が良い動物として、現代でも日本人に好まれている鳥だ。北海道大学大学院文学研究院で、「ツルと人との関係史」をテーマに研究をしている、久井貴世(ひさい あつよ)准教授に、日本に生息するツルの種類やその場所、また、歴史的な経緯を含めて日本人のツルに対する見方、考え方などについて話を聞いた。
日本にはどのような種類のツルが生息していますか。主な生息地はどこでしょうか。
世界にはツル科の鳥類は15種います。そのうち日本では、タンチョウ、マナヅル、ナベヅル、クロヅル、ソデグロヅル、カナダヅル、アネハヅルの7種のツルが見られます。日本で記録のあるツルのうち、タンチョウが一番大きく、背丈が約150㎝、翼を広げると2m以上あります。生息地は、タンチョウは通年で釧路湿原など、主に北海道の東側にいますが、マナヅル、ナベヅルはロシアの東南部やシベリア、中国東北部の湿地で春夏を過ごし、鹿児島県の出水(いずみ)平野へ越冬のために飛来します。
私は主に16世紀以降の文献をもとに、ツルの歴史についての調査、研究をしています。今は北海道に生息しているタンチョウも、実は、当時は本州や九州でも見ることができ、国内や国外への移動といった渡りも行っていたと考えられます。その後、19世紀の狩猟の活発化に加え、生息地減少によって、一時は絶滅したかと思われましたが、1924年に釧路湿原で数十羽が発見されました。今では、保護活動が進み、1800羽ほどまで、数を増やしています。
タンチョウは雑食で、田んぼで穀類を食べたり、川で魚をとったり、水田や湿原で小さな水生生物、昆虫などを食べます。開発が進み、人口も増加することで、本州ではタンチョウが過ごせる場所がどんどん狭まってしまいました。その環境の変化によって、タンチョウは北海道に押し込められたともいえます。このように、野生動物の過去の実態を調べることは、現代における野生動物と人との関わりの問題にもつながっていくのです。
日本人にとって、ツルの中でも特に有名で、なじみの深いタンチョウの生態について教えてください。
タンチョウは漢字では「丹頂」と書かれるように、頭頂部=「頂」が、赤い=「丹」ことから名付けられています。頭頂部には羽がなく、赤い皮膚が裸出(らしゅつ)して、血液の色によって赤く見えています。
タンチョウは一度つがいになると、パートナーを変えず生活します。春先に巣作り、産卵をします。1回の産卵で、2羽の雛が孵化(ふか)することが多いです。夏の間は湿地など繁殖地で子育てしますが、その間は家族だけで過ごし、繁殖地から越冬地へ移動してからは群で生活し、子別れするというサイクルです。野生での寿命は平均10年前後といわれています。
タンチョウといえば、有名なのが求愛のダンスです。首を大きく上下させ、羽を広げて飛び跳ねる様子がダンスをしているようだといわれます。ダンスは、雄だけが誘うというわけではなく、雄雌どちらからもアプローチします。それだけでなく、ダンスはソロやペア、群舞の場合もあり、いわゆる遊びの一環でもあると考えられています。(「希少なタンチョウに一年中出会える自然公園」参照)
ツルが縁起のよい動物として日本人に好まれるようになった歴史的な経緯あるいは文化的な背景はどのようなものがありますか。
ツルが長寿、縁起がよいというイメージは、昔の中国からもたらされたものです。紀元前2世紀ごろ、前漢時代に成立したとされる『淮南子(えなんじ)』という書物中「説林訓」に、「鶴の寿は千歳」という一節があり、さらに神仙思想*と結びつくことで、ツルが長寿というイメージが誕生したとされています。8世紀〜12世紀頃に、それが日本へ伝播し、ツルは長寿を象徴とする動物として、絵画や文様などに描かれ始めました。それ以前の8世紀半ばくらいまでに詠まれた歌を編さんした日本最古の和歌集『万葉集(まんようしゅう)』では、ツルは風景の一部、主に海辺の景色とセットで詠まれているだけで、特別に縁起がよいといった意味あいで登場することはありません。
もっとも、昔は、ツルは日本全国で身近に生息していた鳥だったので、パートナーをかえずに添い遂げる、家族で生活する、というその生態がよく知られていたことも、婚礼の儀式などにふさわしい動物として、好まれた要因の一つでしょう。
日本人のツルに対する見方、考え方について特徴がありますか。
ツルが日本に稲作をもたらした、という稲作伝承が日本各地にみられるのですが、これは日本に特徴的なものです。ただ、鳥が天から稲をもたらしたとする伝承は日本、朝鮮、中国、東南アジアに共通しており、日本では「鳥」をツルとするものが最も多くみられます。その起源は『古事記』や『日本書紀』**の頃まで遡ります。日本各地に稲作が広がり、田んぼに飛来したツルが稲をついばむ、落ちている草や葉などを口ばしでつかんで放りあげる、などの行動が、稲穂を運んで来たように見えたことが、稲作伝承につながった可能性がある、と考えています。
ツルが扱われている文学作品や美術作品などでおすすめのものはありますか?
日本でもっとも有名なツルが登場する物話として、「鶴の恩返し」(12ページ参照)「鶴女房(つるにょうぼう)」という、助けられたツルが妻になり、機織りをして恩返しをする話があります。物語に登場する機織りの「カタカタ」という音は、コウノトリのクラッタリング***にも似ていることから、コウノトリ説もあるようです。ほかには、『ケソラプの神・丹頂鶴の神』という本には、北海道の先住民族であるアイヌ民族がイメージするツルが登場します。「サロルンカムイ(湿原の神)」と呼ばれるツルの、クマと闘う勇猛な姿がそこに書かれています。
私がツルをよく描いていると思う絵画作品は、石田幽汀(いしだゆうてい)****『群鶴図屏風(ぐんかくずびょうぶ)』です。屏風に描かれたツルの群れは、よく見るとタンチョウだけでなく、全部で5種、中でも珍しいアネハヅルが描かれていることから、たいへん興奮しました。美術作品を鑑賞するにしても、私は、まず、ツルそのものに目がとまってしまいますね。
海外の方にぜひ訪れてみてほしい、ツルがよく見られる場所とよい時期をお教えください。
タンチョウは、日本やロシアなど北東アジアにしか生息していないため、世界のバードウォッチャーにとって憧れの存在です。雪景色とタンチョウの美しい姿を見られるのは、環境省が給餌を行っている、三大給餌(きゅうじ)場です。北海道鶴居(つるい)村の鶴見台と鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリ、釧路市阿寒(あかん)町の阿寒給餌場です。他にも、冬のねぐらの一つ、雪裡川(せつりがわ)にかかる音羽橋(おとわばし)も、タンチョウの撮影ポイントとして多くの観光客が訪れます。
北海道以外では、鹿児島県出水(いずみ)平野の荒崎遊休地には、ナベヅル、マナヅル が10月中旬から飛来し始め、12月〜1月のピーク時には、1万羽以上の群を見ることができます。この数は世界のナベヅルの9割以上、マナヅルの6割以上の個体が越冬する、世界的に見ても有数の場所であり、日本最大のツルの越冬地です。たいへん見応えがあるので、是非訪れてみてください。
* 古代中国において,不老長寿の人(仙人)を実在するとし,みずからも仙人たらんことを願った思想。道教の基底思想の一つとなったという。
** 『古事記』は712年、『日本書紀』は720年にまとめられた歴史書。
*** コウノトリが威嚇や求愛のために、口ばしを激しく開閉して叩き合わせて出す音。
**** 18世紀に京都で活躍した絵師。写実性の強い装飾性を特色とする。日本の近世を代表する画家・円山応挙(まるやま おうきょ)の師。
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