June 2023
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傘の形をした「妖怪」
日本では、アニメや漫画、ゲームなどでもモチーフにされることが多い「妖怪」。その中には、傘の形をした妖怪(以下「傘妖怪」と言う)が登場する。妖怪の起源や、傘妖怪について、妖怪研究の第一人者である、国際日本文化研究センター前所長の小松和彦(こまつ かずひこ)さんに話を伺った。
妖怪とは、自分の持つ知識では理解できないような奇怪で異常な現象に、形を与えた存在のことだ。日本各地には妖怪の話は数多く伝わっていたものの、11世紀後半から16世紀にかけて、都会の絵師たちが『百鬼夜行絵巻(ひゃっきやぎょうえまき)*』を描き始め、広まっていった。この絵巻は古道具が化けた妖怪が中心となり、行列するさまが描かれ、その中に破れた傘から目を覗かせている妖怪の姿が見られる。絵に付随して、日常生活で使っていた道具たちが、使い古されて捨てられたため、人を恨み化けてでてきたという物語も生まれた。
妖怪の描かれ方は、怖い表現からユーモラスな表現まで様々あるが、傘妖怪は、少し人々を驚かすくらいのかわいらしい妖怪だ。18〜19世紀に流行した浮世絵の中に、子どもむけの「おもちゃ絵」というジャンルがある。そのおもちゃ絵の中にも、多くのかわいく、絵によってはユーモラスな傘妖怪を見ることができる。
そもそも、妖怪は、日本に古くからある自然崇拝「アニミズム」から生まれている。草木、動物、岩から道具まで、外見は違うがどれも喜怒哀楽があり、魂が宿っていると考えられてきた。
傘は、元来、雨をよけるための道具で、頭に直接かぶる「笠」と柄がついた「傘」の形状のもの(「日本における傘の歴史と祭礼における傘の意味」参照)がある。それ以外に、盆踊り**や神楽(かぐら)***などで、踊るための「笠」もある。この踊るための「笠」は、顔を隠す形状のものが多く、顔を隠す、イコール正体を隠すことになり、 "傘は化けることができる道具"であり、"正体が見えず怖いもの"といった印象が作られてきた。
また、持ち手がついた「傘」も同様に、精霊が降りてくるとされていた山岳と、形状が似ているため、「依り代(よりしろ)」****になると考えられていた。
日本人特有の、頭にかぶる「笠」の正体が見えない怖さのイメージに、手にもつ「傘」の依り代のイメージも重なり、傘の妖怪が生み出されていったのではないかという。
現代日本では伝統的で優雅な美しさのイメージがある和傘であるが、かつては妖怪にもなったことに、日本人のものに対する想像力の豊かさをみてとれるかもしれない。
* 「百鬼夜行」とは、様々な妖怪が夜にひしめき歩くこと。「絵巻」は、日本古来の絵画形式の一つで、紙もしくは絹を水平方向につないで、長大な画面を作り、情景や物語などを連続して表現したもの。
** 先祖の魂がこの世に戻ってきて墓参りをする期間をお盆といい、その時期に行われる祭りの踊り。
*** 神楽は神社で行われる、神に捧げる伝統的な笛や太鼓の音楽とともに行われる踊りや舞いのこと。
**** 依り代(よりしろ)とは神や心霊がよりつく対象物のこと。