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February 2023

日本にある世界的に重要なツルの越冬地

  • シベリアや中国東北部から飛来し、鹿児島県出水市で越冬するツル
  • マナヅル
  • ナベヅル
  • 絶滅危惧種のソデグロヅルの成鳥と幼鳥
シベリアや中国東北部から飛来し、鹿児島県出水市で越冬するツル

日本列島の南西に位置する九州、その最南端の鹿児島県出水市(いずみし)は、世界でも有数のツルの越冬地である。万の数を超すツルたちが出水で過ごす姿は、冬の風物詩になっている。

マナヅル

鹿児島県北西部に位置する出水市の海辺に、遠浅の海を干拓した広大な水田地帯が広がる。毎年10月になると、ここには、シベリアや中国東北部から1万羽を超えるツルが越冬のために飛来する。この辺り一帯は国内では最大、世界的にも重要なツルの越冬地で、のどかな田園で餌をついばんだり、大きな翼を広げて優雅に空を舞うツルたちの姿は、出水の冬の風物詩になっている。

「出水の干拓事業は、17世紀末頃、かつてこの地を治めていた大名によって始められたもので、当時、そこへツルが飛来するようになったと伝えられています」と話すのは出水市ツル博物館の館長で、同市ラムサール推進室長も務める堀昌伸(ほり まさのぶ)さんだ。「ツルの捕獲は、原則、将軍や大名に限定されていたため、当時、その狩猟は厳しく禁じられていました」

その後、19世紀後半の半ばに武家政権の時代が終わり、狩猟が解禁されたことから、出水にも1羽も来なくなった時期もあったと言われている。しかし、1895年にツルが法律に基づく保護鳥に指定され、1921年に国の天然記念物として保護の対象となり、さらに1952年には特別天然記念物に指定され、ツルの飛来数は着実に増えていくことになった。

ナベヅル

「出水でツルの保護を担ってきたのは、1962年に結成された鹿児島県ツル保護会です。その活動には地元の農家の人々や子どもたちの協力も不可欠でした」と堀さんは語る。「例えば、ある中学校のツルクラブでは、1960年から60年以上にもわたり羽数調査を行っています。その中には親子孫の三代で参加した経験を持つ家族もあります。また、ツルのねぐらのある東干拓では稲作の時期を早めることにより、通常なら10月に行う稲刈りを8月中に済ませています。するとツルが飛来する10月には二番穂(収穫しない2回目の稲穂)が出て、これが格好の餌となるのです」

現在、出水市内には867ヘクタールの鳥獣保護区*がある。その一部では冬の間、鹿児島県ツル保護会が農家から水田を借り上げ、水を浅く張って、ツルが安心して夜を過ごせる人工的なねぐらを作ったり、ツル保護監視員による早朝の餌を与える活動などを実施している。

こうした長年の取組が実を結び、出水には1997年から2022年まで26シーズン連続で1万羽を超えるツルが飛来するようになった。ここで観察できる代表的なツルは、絶滅危惧種のナベヅルとマナヅルで、特にナベヅルは世界に生息する約1万6000羽のうちの9割近くがここに集まる。これまで、世界にいる15種のツルのうち、7種と1雑種が出水に飛来している。そして、2021年11月にはツルの越冬地、478ヘクタールがラムサール条約湿地**に登録され、翌年11月には出水市が新潟市とともに日本で初めてラムサール条約湿地自治体の認証を受けることになった。

絶滅危惧種のソデグロヅルの成鳥と幼鳥

「ツルたちが夏を過ごすシベリアなどは、土地が広大なために滅多にツルの姿を見ることはできないと聞きます。出水のように人家の間近で、これほどたくさんのツルと出会える場所は世界でも稀なのですよ。そのため、冬の出水には海外からも大勢のバードウォッチャーが団体旅行でやって来ます」と堀さんは言う。

地元の人々はもちろん、国内外の観光客にも愛されるツルたちは、半年近く温暖な出水で十分に羽を休めたあと、2月から3月にかけて北の大地を目指して旅立って行く。

* 鳥獣の捕獲を禁止して野生鳥獣を増やす区域
** ラムサール条約とは、重要な湿地やそこに生育する動植物の保全を目的にした条約で、ラムサール条約湿地とはこの条約で定められた国際的な基準に従って指定された湿地のことである。