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December 2022

ヨーロッパの人々を魅了した「伊勢型紙」の文様

  • 鶴の文様の伊勢型紙
  • 無数の細かい小紋柄の伊勢型紙
  • 花と葉の文様の伊勢型紙
  • 竹と月の文様の伊勢型紙
  • 鯉の文様の伊勢型紙
  • 伊勢型紙の孔雀の羽根の文様が施された着物
鶴の文様の伊勢型紙

和紙に細かく文様が彫られた日本の伝統工芸「型紙」。型紙を用いた染色によって、着物の生地に文様が鮮やかに浮かび上がる。日本の「型紙」を代表する「伊勢型紙」は、19世紀前半にヨーロッパに持ち込まれ、人々を魅了したという。

無数の細かい小紋柄の伊勢型紙

着物の生地に文様を染め抜くために用いられるのが「型紙」である。型紙は柿渋*で加工した和紙に描いた文様を彫りぬいたもので、これを用いて、その文様を生地に染める。日本の型紙を代表するのは、千年余りの歴史を持つ三重県の「伊勢型紙」である。

「伊勢型紙を見た人は、まるで芸術作品のような美しさと精緻さに驚くことでしょう。ただし、昔の型紙の作者の名前は一切残ってないのですよ」と語るのは東京都千代田区にある紀尾井アートギャラリー(江戸伊勢型紙美術館)の梶浦玄器(かじうら げんき)館長である。

花と葉の文様の伊勢型紙

昔の型紙の作者の名が残らないのは「型紙は、あくまで生地を染めるための道具であり、当時、それ自体が芸術作品として認識されていなかったからです」梶浦さんは言う。

伊勢型紙に使用されるのは楮(こうぞ)**の樹皮から作る和紙で、それを三枚、繊維の方向を縦/横/縦と交互に重ねて柿渋で貼り合わせる。この手法によって、染めの作業を何度も繰り返せるような丈夫な型紙となる。彫り師と呼ばれる職人たちは、専用の道具を使い分けながら、その貼り合わせた和紙に、花鳥風月の様々な文様を細かく彫る。

竹と月の文様の伊勢型紙

例えば、細かい文様を着物の生地全体に施すための小紋柄の型紙には、錐(きり)彫り用いられるが、1センチメートル四方に100個もの小さな穴を彫ることもある。あたかも点描画を思わせる文様を仕上げるには高度な技術はもちろん、集中力を切らさない根気が求められる。

「近年主流になっている機械によるプリント染めなら、どんな柄や文様も素早く、正確に染めることができます。ただし、その仕上がりには手仕事で生まれる温(ぬく)もりや独特な風合いは感じられません。そのため、いくら費用や時間がかかっても伊勢型紙による染めの需要は今もなくならないのです」と梶浦さんは語る。

標準的な伊勢型紙のサイズは、幅38センチメートル、長さ25~38センチメートルで、その幅は生地の幅と同じだ。これを正確に並べていくことで、一着の着物を作るのに必要な反物(たんもの。長さ12~14メートル)に連続した美しい文様を描き出す。染めの作業では、まず生地に上に型紙を載せて防染糊(ぼうせんのり)を置いていく。染料で生地を染め抜いた後、糊を洗い流すと、その部分は染まらないので、型紙に彫られた文様が生地に浮かび上がる。

鯉の文様の伊勢型紙

19世紀前半、日本を訪れたドイツ人医師で博物学者のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトは、日本で収集した動植物の標本や浮世絵などとともに、大量の伊勢型紙を持ち帰ったことで知られている。これが、伊勢型紙がヨーロッパで知られる契機となった。

「伊勢型紙を見い出したシーボルトは、ひと目でその価値を見抜いたのでしょう」と梶浦さんは語る。「のちに浮世絵はモネやゴッホら、フランス印象派の画家たちの間にジャポニズムのブームを巻き起こしました。それと同じように、実は、伊勢型紙もヨーロッパの人々を魅了し、工芸品や服飾、バッグや壁紙など様々な分野のデザインに大きな影響を与えることになりました。フランスでは、ガラス、陶磁器、家具などの工芸品のデザインソースとして、ドイツでは工芸博物館や工芸学校の型紙の手本として伊勢型紙が使用されていたそうです」

伊勢型紙の孔雀の羽根の文様が施された着物

伊勢型紙専門の美術館である紀尾井アートギャラリーは、江戸時代(17世紀初頭~19世紀後半半ば)のものを中心に、約5,000点もの伊勢型紙を収蔵し、そのうちの200点ほどを季節ごとに入れ替えながら、伊勢型紙で染めた着物などとともに常設展示している。彫り師たちが残した日本の伝統工芸の驚くべき精妙さをつぶさに鑑賞できる貴重な場となっている。

  • * 未熟な渋柿から搾り取った汁。
  • ** クワ科の落葉低木で、和紙の原材料。