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June 2022

「うま味」が生み出す和食の魅力

  • 一般社団法人和食文化国民会議会長で甲子園大学副学長の伏木亨さん
  • カツオ節はカツオを乾燥、発酵、いぶして作られ、それを削ったものが出汁に使われる。
  • 出汁、醤油や酒などの調味料でタケノコを煮た「若竹煮(わかたけに)」
  • 昆布から作られたる出汁に、カツオ節を削ったものを入れて、合わせ出汁を作る
  • 豆腐を昆布と煮る「湯豆腐」の鍋
  • うどん
  • ざる蕎麦とつけ汁(つゆ)
  • お米を様々な具材(写真はマツタケ)で炊く「炊き込みご飯」
  • 様々な具材を汁(つゆ)でじっくりと煮込む冬の料理、おでん
一般社団法人和食文化国民会議会長で甲子園大学副学長の伏木亨さん

一般社団法人和食文化国民会議会長で甲子園大学副学長の伏木亨(ふしき とおる)さんに和食の特徴やその味の土台となる「うま味」について話を伺った。

カツオ節はカツオを乾燥、発酵、いぶして作られ、それを削ったものが出汁に使われる。

2013年に、「和食:日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。この登録された「和食」について具体的にお教えください。

無形文化遺産に登録された「和食」とは、寿司や天ぷらといった具体的な料理のことではなく、日本人が長年にわたり育んできた「伝統的な食文化」のことを指しています。それでは、日本人の伝統的な食文化とは何でしょうか。それは、四つの特徴を持っていると言えるでしょう。第一に、多様な食材を利用し、その持ち味を尊重していることです。自然豊かな日本は食材が多様です。各地域には特産物があり、そうした食材がもともと持つ味を活かして、様々な郷土料理が全国各地で作られています。第二に、栄養バランスに優れた健康的なメニューであることです。伝統的な和食の食事スタイルである「一汁三菜」*は栄養バランスに優れています。第三に、自然の美しさや季節の移ろいを表現していることです。和食では旬の食材を使ったり、季節の花や葉で料理を飾ったりすることで季節感を味わえます。そして、第四に、正月などの年中行事と密接に関わっていることです。正月のみならず、多くの年中行事では、豊作や健康を願った様々な料理が作られます。

出汁、醤油や酒などの調味料でタケノコを煮た「若竹煮(わかたけに)」

こうした食文化を支える上で、重要な役割を果たしているのが「出汁」(だし)です。伝統的な日本料理のみならず、カレーやラーメンといった料理にも出汁は使われています。出汁には、「うま味」(本記事後段参照)が含まれています。日本の出汁は主に昆布や、カツオを乾燥、発酵、いぶして作る「カツオ節」、イワシなどの小魚を干して作る「煮干し」から作られます。海外にも、肉、野菜など様々な材料を長い時間煮て作る、フランスのブイヨン、中国の湯(タン)など様々な出汁があります。出汁から生まれるうま味が、世界のあらゆる料理を美味しくしているのです。

出汁を活かした伝統的な日本料理とは、どのような味か教えてください。

私は、京都にある、日本の伝統的な料理を提供する「料亭」と呼ばれる高級料理店の料理人と長年にわたって料理に関する研究会を開いています。その方々の話を聞いたり、料理を味わったりして実感したのは、彼らは「障(さわ)りのない味」の料理を目指しているということです。障りのない味とは、それぞれの食材の持ち味が活かされつつ、違和感のない、調和のとれた味のことです。奇抜さや派手さのない落ち着いた味と言えます。こうした味を生み出すために、伝統的な日本料理では食材の下処理が重視されます。食材の持ち味を失わないように、食材を水にさらしたり、時には酒で煮たりして、料理の調和を少しでも乱すような味を取り除くのです。調理の際、雑味の原因となる、表面に浮くアクも徹底的に取り除かれます。そして調理の最終段階で、出汁を使い全体の味を調和させるのです。

昆布から作られたる出汁に、カツオ節を削ったものを入れて、合わせ出汁を作る

私は出汁のうま味を味わえる料理が大好きです。例えば、若竹煮(わかたけに)です。若竹煮はタケノコを、出汁、醤油や酒などの調味料で煮たものです。うま味だけではなく、タケノコの食感も楽しめます。タケノコは春を代表する食材なので、若竹煮を食べると春を実感することができるのです。

出汁から生み出される「うま味」は日本で発見されたと聞きますが、「うま味」について説明いただけますでしょうか。

うま味は1908年、東京帝国大学(現在の東京大学)の池田菊苗(いけだ きくなえ)博士(1864-1936年)によって発見されました。そのきっかけは、日本の冬の定番料理である湯豆腐だったと言われます。湯豆腐は、豆腐を昆布が入った湯で温めて食べるシンプルな料理です。ある日、池田博士が湯豆腐を食べた時に、甘味でも塩味でもない味を感じ、これは何なのかと思ったのです。昆布から生じる味と考えた池田博士は、大量の昆布を買い、お湯で煮て、昆布の出汁を作りました。そして、その出汁を濃縮し、成分を抽出したのです。その成分は、グルタミン酸1ナトリウム(以下、グルタミン酸)であることが判明しました。池田博士はその味を、人間が感じる基本的な味として古くから知られる甘味、塩味、苦味、酸味に続く5番目の味として、うま味と名付けたのです。その後まもなく、他の日本人科学者によって、カツオ節や煮干しに含まれるイノシン酸もうま味成分であることが発見されました。グルタミン酸はチーズ、トマト、ジャガイモなどに、イノシン酸は豚肉、牛肉などにも含まれますが、昆布、カツオ節、煮干しに比べると含有量は少ないです。

豆腐を昆布と煮る「湯豆腐」の鍋

うま味は料理の味を下支えして、料理をより美味しくする味です。ただ、うま味は甘味や塩味と異なり、はっきりとした味わいがないので、うま味そのものがどのような味かを言葉で説明するのはとても難しいことです。そうしたうま味をはっきりと味わうための方法が、昆布から作られる出汁とカツオ節から作る出汁を混ぜることです。この「合わせ出汁」によってグルタミン酸とイノシン酸が組み合わされると、うま味が何倍にも増幅されるのです。私は、大学での授業や和食関連のイベントで、この合わせ出汁を味わう機会を作っていますが、大人から子供まで皆さん一様に、その美味しさに驚きます。

うどん

日本には、なぜ、うま味を活かした料理が多いのか教えてください。

食べ物の美味しさの決める重要な要素に油脂と砂糖があります。しかし、牛肉や豚肉は、仏教の戒律の影響を受けて、多くの日本人は明治時代(1868-1912年)になるまで、食べることがありませんでした。そのため、肉に含まれる油脂を摂取することがなかったのです。また、砂糖も明治時代になるまで貴重品で、一般の人が口にする機会は少なかったです。このように油脂と砂糖を欠く食生活の中で、食べ物を美味しく食べるために日本人が見出したのが、うま味だったのです。幸い、海に四方を囲まれた日本は昆布、カツオを含め、海産物が豊富でした。田畑で収穫する米や野菜以外にも、野山で数多くの種類のキノコや山菜を採ることができました。こうした様々な食材からうま味を作り出す工夫が絶えず行われてきました。例えば、大豆などの食材を使った発酵食品である味噌や醤油には、うま味がたっぷり含まれています。日本では獣肉や砂糖を口にすることがほとんどなかったことで、逆に食材の多様性や出汁の普及につながったと言えます。

ざる蕎麦とつけ汁(つゆ)

個人差はあるでしょうが、日本で生まれ育った人の多くは、昆布やカツオ節の出汁のうま味が効いた料理が好きです。今から20年ぐらい前、私は研究のためにアメリカに約1か月滞在しました。当時、私が訪れた中部や南部の小都市には、日本料理のレストランはほとんどありませんでした。そのため滞在中は、いつも日本料理を食べたいと思っていました。そして、アメリカから日本へ帰る日、あともう少しの辛抱で、日本料理が食べられると思いを持ちながら、西海岸のシアトルの空港に着くと、なんと、うどん**を出す店があったのです。うどんの汁(つゆ)に使われているカツオ節出汁の香りが漂う店では、多くの日本人がうどんを食べており、私も迷わず食べました。そのうどんは本当に美味しく、とても満足しました。その時私は、出汁には人を病みつきにさせる美味しさがあるのでは思ったのです。その後、私の研究グループでマウスを使ったテストを行ったところ、油脂ほどではないですが、砂糖と同じぐらい、出汁に対してもマウスが強い欲求を示すことが分かりました。

人間のエネルギー源となる油脂や砂糖は、生命維持にとって必要不可欠なものです。人間は本能的にそれらを欲するので、摂取を止めるのは極めて難しいです。しかし、油脂や砂糖はカロリーが高いため、摂り過ぎは健康に悪影響を及ぼします。一方、出汁のカロリーは非常に低いにも関わらず、油脂や砂糖と同じように、人間の食欲を満たし、満足感をもたらすものなのです。つまり、出汁を活用すると、油脂や砂糖の使用を抑えながら、カロリーが低く、しかも、満足感が得られる料理を作ることができるのです。日本人のみならず海外の人も「日本料理は健康的で美味しい」というイメージを持っていますが、まさしくその通りなのです。

お米を様々な具材(写真はマツタケ)で炊く「炊き込みご飯」

コロナ収束後となりますが、海外から来日される外国の方々に、どんな料理を楽しんでほしいとお考えでしょうか。

寿司やラーメンといった人気の料理だけではなく、是非、日本以外ではあまり食べることができない、うま味の美味しさを十分に堪能できる料理を食べて頂きたいです。例えば、「お吸い物」と呼ばれる汁料理です。出汁に醤油や塩を加えた汁に、野菜やシイタケなどの具材が入ったシンプルな料理でが、出汁のうま味を強く感じることができます。「蕎麦(そば)」***や「うどん」もお薦めです。どちらも日本人が好きな料理で、全国各地に多くの店があります。うどんと同じく、蕎麦の汁も主に、出汁と醤油で作られます。

前述した若竹煮と同じく、私の大好物である「炊き込みご飯」も食べて欲しいです。白米と野菜、シイタケ、肉、魚などの具材を一緒に炊いて作る料理で、炊く時に出汁、醤油などの調味料を加えます。炊き込みご飯は、伝統的な日本料理を出す店や居酒屋で食べることができます。冬であれば、「おでん」が美味しいです。大根、卵、などの具材を出汁や醤油、酒などの調味料を混ぜた汁でぐつぐつと煮込んだ料理です。

様々な具材を汁(つゆ)でじっくりと煮込む冬の料理、おでん

日本料理の中には、海外の方にとって食べ慣れないものもあるかもしれませんが、是非、トライしてみてください。味だけではなく、料理の盛り付けの美しさや、料理の季節感も感じとって頂ければと思います。

* Highlighting Japan 2021年1月号「料理と器で「景色」を表現」参照 https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202101/202101_02_jp.html
** うどんは一般的に、小麦粉に塩、水を加えて練って作る白い麺を、汁(つゆ)に入れて食べる。なお、ラーメンの麺も小麦粉が原料であるが、「かん水」というアルカリ性の水溶液を加えて作られる。
*** 蕎麦の麺は蕎麦粉が原料で、茶色みががっている。蕎麦は主に2つの方法で楽しめる。一つは、どんぶりに入れられた温かい汁で食べるのと、もう一つは、ざるに載った冷やした麺を、つけ汁で食べる「ざる蕎麦」である。