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  • 筑前琵琶を修復するドリアーノ・スリスさん
  • 吉塚元三郎氏(右)の弟子として学んだドリアーノさん(左)
  • ドリアーノさん所蔵の最も貴重なものの一つ、昔の美しい四弦の筑前琵琶
  • 生徒にどのように道具を使って木を切るかを教えているドリアーノさん

August 2021

筑前琵琶の伝統技術を受け継ぐイタリア人職人

筑前琵琶を修復するドリアーノ・スリスさん

イタリア人のドリアーノ・スリスさんは、琵琶(びわ)の音色に魅了されて、45年以上にわたり、福岡県福岡市で筑前琵琶の製作と修復を手掛けている。

吉塚元三郎氏(右)の弟子として学んだドリアーノさん(左)

日本で今日でも演奏されている伝統的な楽器の一つに「琵琶」がある。琵琶は、中国、更に古くは西アジアにルーツを持つとされ、ヨーロッパの古楽器・リュートと形が似ている。リュートはギターのように手で弦をはじくが、琵琶は、通常木製でイチョウの葉の形にも似たばち(撥)で弦をはじいて音を出す。シルクロードを経て日本に7世紀から8世紀に伝わったとされ、その後、日本で現在の形に発達をとげた。

現在も演奏される琵琶は、雅楽*に用いられる「楽琵琶」、「平家琵琶」、「盲僧琵琶」、「薩摩琵琶」、そして、歌の伴奏用に一般に普及した「筑前琵琶」と、大きく5種類に分かれる。しかし、いずれの琵琶も、製作する担い手が減少の一途をたどっているのが現状だ。筑前琵琶についても、それを専門に作る職人は、日本人ではなく、イタリア出身のドリアーノ・スリスさん、ただ一人となった。

ドリアーノさんは、イタリアでは、ローマの国立音楽院でクラシックギターを学んでいた。やがて、ローマで知り合った日本人女性と結婚し、1974年に短期滞在のつもりで来日した。しかし、半年ほどが過ぎたころ、ラジオから流れる琵琶の音を聞いたことで、ドリアーノさんの人生は大きく変わることとなった。

ドリアーノさん所蔵の最も貴重なものの一つ、昔の美しい四弦の筑前琵琶

初めて聞く琵琶の音は、独特で不思議な音色で、衝撃を受けたと述懐するドリアーノさんは、筑前琵琶発祥の地である福岡県福岡市で琵琶の製作を手掛けていた吉塚元三郎さんの工房を訪ねた。吉塚さんは、1975年に福岡県の無形文化財保持者に指定され「最後の筑前琵琶職人」と言われた職人だ。

ドリアーノさんは、吉塚さんに後継者がいないことを知って、早速、弟子入りを願い出た。実に、その翌日から吉塚さんのもとでの修業が始まり、そこで5年間、筑前琵琶の製作方法を学んだ。ドリアーノさんは吉塚さんの伝統技術を受け継ぎ、吉塚さん亡き後は唯一の「筑前琵琶職人」となった。それ以降も、さまざまな作家の琵琶を入手しては研究を重ね、琵琶について得られる限りの知識を身につけていった。

現在、ドリアーノさんが力を入れているのは、古い琵琶の修復だ。一番古いもので300年以上昔の琵琶を修復することもあるという。修復とは、単に傷んだ箇所を直す修理とは異なり、可能な限り製作時の姿に復元すること。その難しさについて、琵琶には決められた規格がないところだとドリアーノさんは言う。「筑前琵琶は、製作者たちが技術を競うように、それぞれ工夫を凝らして作られています。一つとして同じものがない。だからこそ、製作者の意図を汲みながら修復する作業が面白い」とドリアーノさんは語る。

生徒にどのように道具を使って木を切るかを教えているドリアーノさん

筑前琵琶は、桑の木をくり抜いた胴に、桐の前板を貼り合わせ、弦には絹糸を用いる。年々、入手が困難になってきた樹齢を重ねた桑の木材は、友人の協力を仰いで調達する。細かい部品は、より古い琵琶から取ることもある。仕上げに蝋がけを施して完成した修復品となる。このようにして修復された琵琶は、いずれも美術工芸品としても価値の高いものばかりだ。

2020年の冬には、これまでドリアーノさんが修復を手掛けた琵琶を集めて展示した『よみがえる琵琶 ドリアーノ・スリス 修復琵琶展』が開催された。さらに2021年の春、受け継いだ技術を後世に伝えるための私塾『琵琶館』を開校した。現在、全国から10名ほどの生徒が集まり、うち2名が正式にドリアーノさんの弟子となった。

「琵琶は、音程に微妙な揺らぎがある。琵琶の音色を初めて聞く人でも、どこか懐かしさを感じると思います」と語るドリアーノさん。

琵琶の存続のためには、熟練の琵琶職人や修復師と同様に、情熱を持った奏者のいることが重要である。琵琶職人としてドリアーノさんは、生徒たちへ、琵琶を、特殊で古い民族楽器としてではなく、自由に音楽を奏でる楽器として世界中に普及させてほしいと願っている。

* 雅楽は、日本古来の儀式音楽や舞踊などと、中国や朝鮮半島から渡ってきた器楽や舞が5世紀頃から10世紀にかけて融合してできた芸術