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Highlighting JAPAN

 

 

1文字で意味と感情を伝える、漢字の日本的な使い方

日本語の文章は漢字、ひらがな、カタカナと3種類の文字を使い、漢字に複数の発音があるなど複雑である。そこで「こうした複雑さの要因は思いやりにある」と言う漢字の研究者・笹原宏之教授への取材から漢字の謎に迫った。

漢字は中国大陸から東アジア諸国に広がり、日本でも5世紀頃には使われ始めた。ひらがな、カタカナは、漢字をもとに日本で9世紀頃に作られたものである。当初は知識層が主に中国大陸や朝鮮半島の書物を読み、漢字で文章を書く時に使っていたが、やがて漢字で日本語を表記しようとする試みの中で発音や字の形を変え、日本で独自の発展を遂げていったと、漢字研究を専門とする早稲田大学社会科学総合学術院の笹原宏之教授(文学博士)は言う。

「a、b、cといったアルファベットは原則として1文字に1種類の発音ですが、日本で使う漢字の多くには複数の発音があります。これは日本語と異なる言語体系で使われていた漢字に、日本語で似た意味を持つ語の発音を当てはめたことも要因です。例えば山の意味を持つ[山]の文字はsanの発音でしたが、日本では山を意味するyamaという発音が加わりました。[生]は生命、生きる、生える、生まれる、自然のままなどの意味を持ち、意味によって発音はsei、shou、i、ha、u、nama、kiなど多様です」

日本語になじむよう字形を変えたり、新たに作ったりした漢字もある。カシの木を表す漢字は古くに[橿]の字形で伝わったが、樹木を意味する[木](文字左部分)は残し、右部分はカシの頑丈さを表すため、堅いを意味する[堅]を使って[樫]という字形にした。このほか8世紀頃の出土品や後の室町時代の公家の日記などには以下の様な日本で作った漢字が使われている。
・群れをなして泳ぐように弱く、傷みやすいイワシは、魚類を意味する[魚]に弱いを意味する[弱]を加えて[鰯]
・身が雪のように白く冬においしさを増すタラは、[魚]に雪を意味する[雪]を加えて[鱈]

「日本における漢字は発音の記号としてより、文字で意味を伝える役割が重視される傾向にあります。漢字を作る時も『樹木』+『堅い』、『魚』+『雪』のように要素を組み合わせて新たな意味を表す方法を好みました。中国大陸から来た漢字に日本独自の単語の読みを新たに加えたのも1文字で意味を伝えるためです。さらに漢字は感情を表現する役割も持っています」と笹原教授は話す。

例えば[思]と[想]は日本独自の発音は同じomoで、思うや考えるなど意味も同じだが、[想]は会えない家族や恋人について懐かしさ、寂しさ、愛しさと共に思い起こす時など、特定の状況でよく使われる。

笹原教授は「文学作品にも感情などを反映した漢字の使い分けは多く、また外来語を漢字で表すこともあります。ロマン主義を[浪漫]主義と書いたのは夏目漱石で、ロマンを[浪]波のような感情が[漫]広がるイメージと捉えたのでしょう」と続けた。

1つの漢字に複数の発音があり、ひらがな、カタカナと組み合わせるなど複雑な表記体系を持つ日本語。1000年以上前に始まった表記法が、基本を残しながら現代まで変化させ続けていることが面白いと笹原さんは言う。

「この文章は[思]でなく[想]の気持ちで書いたものだとか、漢字とひらがなを適度に織り交ぜて堅苦しく感じさせないように、分かりやすいようになど、文章の意味や書き手の感情を丁寧に伝えたいという思いやりがこうした表記法を支えているのだと思います」と笹原教授は締めくくった。
今も漢字は新しい使われ方や読み方が生まれては消え、多くの人が納得したものが残るといった新陳代謝を続けている。日本の漢字は日本人の心と時代の変化を映す鏡と言える。