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Highlighting JAPAN

 

 

カナダ人落語家が語る、パフォーマンスの哲学

カナダ出身の上方落語家、桂三輝(かつら・さんしゃいん)さんは日本の伝統芸能である落語を英語で伝え、海外公演を成功させた。舞台キャリアの長い三輝さんに、パフォーマーとしての努力や工夫、信念を聞く。

日本の伝統芸能である落語の400年に及ぶ歴史の中、100年ぶりとなる外国人落語家・桂三輝(かつら・さんしゃいん)さんはカナダ・トロント出身である。ギリシャ古典演劇を専攻したトロント大学卒業後、劇作家・作曲家としてミュージカルやコメディを書くなど舞台人として活躍していたが、ある時2500年前のギリシャ演劇と日本の歌舞伎・能楽に共通する世界観を指摘した学術論文に出会い、日本に興味を持った。

1999年に能楽の研究のため来日し、数年して日本語もできるようになった頃、扇子と手ぬぐいの小道具だけであらゆるストーリーや場面を表現する若手落語家たちの落語を目にして、コメディライターとして衝撃を受けた。厳格な師弟制度と修行生活のある落語の世界だが、「まるで侍のような文化が芸の中に生きていて、カッコいい」と飛び込み、2008年9月に桂三枝(現・文枝)に弟子入りし、15人目の弟子として2009年に「三輝」の名を受けた。

言語的な苦労がないわけではない。古典落語は初めて聞くとまだわからないことも多いが、それらは三輝さんの向学心の前ではそう問題ではない。「噺とは、師匠に意味を聞くなどして自分で時間をかけて深く学び、20回も聞けば身に付くもの。それよりも師匠や兄弟子との生活における習慣や、敬語の方が難しかったですね」

海外で年に数回ほど日本文化の紹介のような形で落語を披露していたが、観客が大いに喜んでくれるのを見て2013年から北米巡回公演を始め、独立した英語落語ショーとしての海外公演を本格化した。2017年には名誉ある英国ウエストエンドや米国オフブロードウェイでのロングラン公演も成功させたが、三輝さんは文化的ギャップを越えて観客の心を動かす秘けつを「日本語の落語をあえてそのままストーリーもリズムも直訳し、英語で提供することです」と説明する。

例えば英米人にわかりやすいようにと「鶴」を「フラミンゴ」に変えてしまえば、観客が思い描く風景は日本ではなくアフリカや中南米になってしまう。良かれと思って話を改変したが思うように伝わらなかった反省から、日本の落語の本道に戻ろうと考えた。オーセンティックな日本の文化を経験してみたいと期待してやってくる観客にとっては、見たこともない日本の食べ物やきっと着物姿に違いない昔の町人たちの会話など、ミステリアスな部分さえも本物の証と受け止められ、むしろ満足のうちに大爆笑を得ると言う。

もちろん観客の理解を補う工夫もある。「落語には枕があるから、便利なのです。すんなりと噺に入るよう、海外の観客にはあらかじめ枕の部分で笑いを交えて日本文化を説明します」。日本酒を盃に注がれる時の「おっとっと」などの掛け声や、ユーモラスなほどにお互い謙遜の限りを尽くす振る舞いなど、「日本の伝統的な習慣を理解した上での切り口こそが、外国人噺家としての私の強み」と、三輝さんは元々のコメディライターとしての素質を生かし、枕でいかに面白く文化のギャップを補うかに腐心する。

今後は「2019年に予定されているオフブロードウェイ公演を1年のロングランにしたい」と意気込み、オフブロードウェイの先にはワールドツアーも実現したいと考えている。「世界中の良い劇場で、たくさんの観客の前で日本の笑いを伝えたい」と語る三輝さんは、ユーモアは万国共通であることを我々に体現してみせてくれている。