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Highlighting JAPAN

 

 

脳を活性化して認知症を予防、改善する「学習療法」

厚生労働省によると日本の認知症患者数は2025年に約700万人に達する見込みであり、これは65歳以上の約5人に1人に相当する。様々な対策が取られている中、効果を上げ、注目されているのが「学習療法」である。

学習療法は、東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授と、国内外に学習塾をフランチャイズ展開する公文の共同研究によって生まれた。

カリキュラムは至ってシンプルである。まず、認知症患者が子どもの頃に親しんだ物語などの音読、次に簡単な計算を行い、答え合わせをする。難易度は事前に測定テストを行い、個々の学習能力の限界近くまで活用できるように設定して、極力速く解いてもらう。終了後は音読、計算の結果の評価や、テキストに即したトピック、最近の出来事などを話すコミュニケーションを行う。計約30分である。

音読、計算、コミュニケーションという学習メニューは、脳の断層写真などを撮影するMRIを使って脳活動を調べる方法「fMRI」や、近赤外線を使って脳血流を測定し、脳機能を可視化する「近赤外分光装置」を使った研究に基づいている。本を音読している時、簡単な計算をしている時、そしてその2つにコミュニケーションを組み合わせると、脳の司令塔に相当する前頭前野を中心に脳が活性化することが明らかになった。いずれにせよ患者にとって学習内容はさほど難しくなく、負荷は比較的低い。「しかし、効果は私たちの想像以上に高かった。2001年に福岡県の高齢者施設で学習療法を採り入れたところ、約2ヵ月後に明らかな改善の兆しを確認しました。例えば表情が明るくなる、自発的に学習に取り組む、笑顔が多くなる、中にはオムツが取れた人もいたのです」と川島教授は話す。

この効果は周囲にも好影響を与えた。徐々に良好な変化を見せる患者を見て、施設スタッフの仕事へのモチベーションが向上し、患者の家族にも安心をもたらした。川島教授によると「第三者機関によって社会医療費についても効果を確認しました。学習療法の教材費、人件費などを差し引いても、患者1人当たり年間で約20万円の医療費が削減されています。現在日本国内では約1400ヵ所の施設と210の自治体で学習療法が実施されています」と言う。

学習療法は海外でも展開されている。アメリカでは「SAIDO Learning」として2011年から普及が進んでいる。さらに日本に続いて高齢化問題が深刻なドイツ、イタリアなど多くの国から問い合わせが寄せられている。

前例のないスピードで高齢化が進む今、川島教授は、中高年世代にこんなアドバイスを送る。「ご自身が強く認知症予防を心がける必要があります。例えば適切な有酸素運動の習慣化は疫学的に有効と実証されています。加えて学習療法のような取組はもちろん、栄養バランスへの留意、周囲とのコミュニーション継続なども効果が期待できます」

川島教授は学習療法の次のステップとして、東北大学発のベンチャー企業を創生し、脳の前頭前野がどれだけ活性化しているかを可視化する装置を開発した。「いわば近赤外分光装置のウェアラブルデバイスです。およそ5cm×3cmくらいの箱を額に付けて学習に取り組み、どの程度脳が活性化したかをスマホ、専用ガジェットなどで手軽に測定することができます」。今後も脳科学を軸に認知症の予防、改善に向けて様々なアプローチを続けていくと決意を語っている。将来、こうした取組が効果を上げ、日本が世界における認知症の予防、改善のイニシアチブを握るかもしれない。