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Highlighting JAPAN

持続可能な定置網漁

富山県氷見市の漁師が何世紀にも渡り従事している持続可能な漁法が、世界中から今注目を集めている。

日本海に面した富山県富山湾は、立山連峰など周辺の山々から豊富なミネラルと栄養分を含んだ川の水が流れ込む日本有数の漁場である。ここは魚の成長を促進させるプランクトンの誕生にも恵まれた海洋環境である。沿岸から急激に深い海底谷となっている富山湾では、日本海を北上する対馬暖流(表層水)と冷たい日本海固有水(深層水)が層を成しており、暖流系と冷水系から成る約600種の多様な魚介類が獲れる。春はシロエビ、秋から冬には紅ズワイガニ、そしてブリが富山湾の特産品である。特に11月から2月にかけて富山湾北西部に位置する氷見市で水揚げされるブリは、『ひみ寒ぶり』として全国に名を馳せ、同時期の他の地域のブリと比較して3倍以上の値が付けられる。これは、北の海で成長し産卵のために南下してくるため脂が乗った美味しい状態であることもさることながら、その漁法に理由がある。

富山湾の中でも魚が集まる大陸棚の発達した氷見では、約400年前から伝統の定置網漁が続けられている。定置網漁とは、魚を追うことなく仕掛けた網にたまたま入ってきた魚だけを獲る漁法である。

氷見漁業協同組合の井野慎吾さんは「氷見の人たちは、ブリを“神様からの授かり物”と呼びます。今でこそ漁具が発達してどんな漁法でも良い状態の魚が獲れるようになりましたが、かつては漁獲のみを追求した漁で魚が傷つくこともありました。その点、定置網漁は魚に負荷をかけません。今も氷見の漁師は両手に乗せるようにして丁寧にブリを扱います」と話す。

定置網は、日本各地の沿岸で古くから行われてきた漁法で、各地の漁師が情報を交換しながら改良、発展させてきた。1915年頃、宮崎県の定置網に氷見の漁業者が改良を加えたことがきっかけとなり、氷見方式が全国の漁師の間に普及し、富山県の古い地域名をとって『越中式定置網』と呼ばれるようになった。

氷見では沿岸から2~4キロメートル、水深20~100メートルの海に、45ほどの定置網が張られている。ブリの他、マグロ、アジ、サバなど回遊魚を狙った大型の定置網では全長700メートルの網もあり、魚が悠々と泳ぐことができる。その他に、岸から沖へ向かうイカやイワシなど、魚の習性を利用した型の違う定置網もある。これらを合わせると、氷見で行われる漁業のうちの8割が定置網漁になる。

しかし、氷見の漁獲量は年々低下している。気候変動の影響だけでなく、沖合での巻き網などによる乱獲が大きな要因とされている。

「定置網の特徴は、魚が自由に網を出入りできる点です。網にたくさんの魚が入った場合に逃がす仕組みもあります。魚群を調べたところ、定置網では魚全体の2割、多くても3割ほどしか捕獲していないという説もあります。」と井野さんは言う。

生態系を壊さず、魚を獲り尽くさない定置網漁は、持続可能な漁法として、近年、世界でも関心が高まっている。定置網漁は岸からの距離が近いところで漁をするため、船の燃料を節約でき、環境負荷も少ない。

2002年に氷見市において、富山県や水産庁と共に氷見市が主催して『世界定置網サミット』が開催され、タイや中国、コスタリカ等、世界35の国・地域から政府関係者や研究者、漁業関係者約1300人が参加した。そこで越中式定置網が紹介されると、海外の参加者からこの漁法を取り入れたいという声が寄せられた。これを受けて、同市は独立行政法人国際協力機構と共同で、海外に研究者、漁業者を派遣することに決め、これまでにタイ、インドネシアで定置網漁業の技術指導をしている。

「定置網漁業は毎日網の状態の点検が必要で、この調整には長年の漁師としての経験と勘が求められます。漁獲効率の低い定置網漁を産業の側面だけで考えると、普及は難しいかもしれませんが、我々は魚の住む海を次世代に引き継ぐために定置網漁で漁を営んでいます」と井野さんは語る。

氷見の家庭では、魚のさまざまな調理法が伝わり、頭から尾まで残さず食べることが当然とされている。漁師だけでなく人々の間で魚を大切にする文化が根付いているからこそ、400年もの間、氷見では魚に負荷をかけない持続可能な漁法が守られてきていると言える。