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災害科学の深化


2011年3月の東日本大震災から1年後の2012年4月、宮城県仙台市の東北大学青葉山キャンパスに災害科学国際研究所(IRIDeS)が設立された。研究所長を務める津波工学の世界的な研究者、今村文彦教授に話を聞いた。

IRIDeSが設立された背景と目的を教えてください。

2011年の東日本大震災と付随した津波は、それまで培ってきた自然災害に関する様々な知識や技術をはるかに超える広域的で複合的な災害であり、事前に十分な対応ができませんでした。被災地の大学として、この教訓に学び、災害時の被害を最小に食い止め、想定外の被災を二度と繰り返さないという使命を持って、IRIDeSは設立されました。その大きな目的は、災害科学の深化と実践的防災学の創成です。

災害科学の深化とは、災害の事前対策、災害発生、被害波及、緊急対応、復旧・復興、将来への備えという一連のプロセスを災害サイクルとして捉え、それぞれのプロセスにおける課題を明らかにし、解決策を考えることです。

一方、実践的防災学の創成は、地域の特性や文化を踏まえて災害科学の研究成果をカスタマイズし、それぞれの地域における災害サイクルに応じて支援を行うことのできる学問を創ることです。

IRIDeSの研究領域を教えてください。

IRIDeSは、災害リスク研究部門、地域・都市再生研究部門、人間・社会対応研究部門など、7部門36分野で構成されています。研究は、地震、津波、火山などの自然科学分野から歴史、法律、文化、教育などの社会科学まで、幅広い分野にわたります。特に、災害時の感染症、公衆衛生、精神医学などの災害医学・医療分野が設けられていることは大きな特徴です。さらに、自然科学、人間・社会科学といった分野の枠を越えて連携することで、広域的、複合的な災害に対する研究を促進しています。

IRIDeS設立後、欧米でも同様の学際的な研究所が設立されていますが、災害を専門とする専任教員が65名も集まる研究所は世界でここだけです。

これまでの成果を教えてください。

東日本大震災の津波による被害は従来のものとは大きく異なっていました。津波そのものの規模だけではなく、引き波の流れ、車、船、建物などの漂流物の挙動、地形変化とそれによる浸水域の拡大、火災発生など、複合的な要因で被害が深刻化しました。IRIDeSは、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」を使い、こうした被害発生の再現と解析プログラムを開発しました。これは、今後のハザードマップiの策定など国内外の津波対策に大きく貢献するものです。

また、東日本大震災など様々な自然災害の研究成果や教訓を踏まえ、2013年に「みんなの防災手帳」を制作しました。災害発生前から復興まで、それぞれの段階での準備や対応、災害時の家族間の連絡方法などをまとめた手帳で、東北地方を中心に約40万世帯に配布されています。

IRIDeSの国際的連携や協力はいかがですか。

例えば、東日本大震災の教訓を国内外に伝えるため、アメリカのハーバード大学と協力してあらゆる記録をアーカイブ化するプロジェクト「みちのく震録伝」に取り組んでいます。また、ハワイ大学との間では相互に大学院生や学部生を受け入れ、防災を担う人材育成を行っています。さらに、2017年9月に一連の地震で被害を受けましたメキシコのモンテレイ工科大学との間で、災害科学分野の共同研究やシンポジウムを計画しています。

2015年に仙台で開催された第3回国連防災世界会議では、2030年までの国際的防災指針「仙台防災枠組」が採択され、2017年11月には、これを踏まえた「世界防災フォーラム/防災ダボス会議@仙台」が初めて開催され、40以上の国・地域から、政府、自治体、大学、市民、企業、国際機関などの関係者900名以上が集まりました。アジア・環太平洋に重点を置いたこのフォーラムでは、東日本大震災に関する知見の共有、そして仙台防災枠組に関する活発な議論が行われました。今後の継続と発展が何よりも重要です。

2019年11月に開催予定の次回世界防災フォーラムについて教えてください。

継続して開催するフォーラムを通じて、災害リスク軽減から復旧・復興の段階まで、「Bosai」という包括的概念を世界に広げ、世界の防災に貢献したいと考えています。

その意味で、東日本大震災復興の継続的取り組みも重要になります。例えば、震災の語り部の育成や遺構の整備など、震災の教訓を後世に伝える人やモノのネットワークを構築することです。震災という負の遺産を財産へと変えていきたい、その経験を世界と共有していきたいです。


(注)
i ハザードマップとは、津波、地震、火山、風水害等の自然災害による被害を予測し、その被害範囲を地図に示したもの