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Highlighting JAPAN

富士山頂での研究

気象衛星の運用によって役割を終え無人の富士山測候所が、NPO法人として国内外の研究者たちを毎年夏に受け入れて活動を再開している。

標高3776mの富士山の山頂で長らく気象観測が行われてきた。日本一の高さを活かした気象観測が本格的に始まったのは1932年、中央気象台(現在の気象庁)臨時気象観測所が設立され、通年の気象観測を開始したことに始まる。1964年には、富士山レーダーと呼ばれる半径800キロメートルの観測が可能な気象レーダーが山頂に建てられ、日本の台風予報に関する気象観測は飛躍的に進歩した。しかし、1970年代に気象衛星が運用されるようになると、富士山測候所の役割は徐々に低下し、1999年に富士山レーダーの運用が停止され、2004年には地域気象観測システム(AMeDAS)を残し富士山測候所は無人化することになった。

しかし、閉鎖を惜しみ活用継続を望む声も多かった。これに応えたのが2005年に設立された認定NPO法人「富士山測候所を活用する会(以下、MFRS)」1である。

MFRSの事務局長を務める東京理科大学理学部教授の三浦和彦さんは、富士山測候所の重要性を次のように語る。

「独立峰である富士山は、その山体のおよそ半分が自由対流圏2にあります。つまり、平地における人間活動の影響を受けない大気を直接観測できる場所なのです。地球温暖化や越境大気汚染の研究を進めるには、欠かすことのできない貴重な観測施設です」

MFRSは、気象庁から旧富士山測候所の一部施設を借り受け、2007年から毎年7月と8月の2ヶ月間にわたって夏期観測を実施している。山頂に滞在する研究者の数は毎年400~500人に上り、中には台湾、フランス、ドイツなど海外の研究グループの参加者も含まれる。MFRSは山頂で大気の観測研究にとどまらず、雷雲が生む放電現象や宇宙線3の測定、永久凍土4のモニタリング、高所での医学やトレーニングの研究など幅広い分野を研究対象にしている。

三浦さんは、エアロゾル(微粒子)の気候変動への影響、自由対流圏における新粒子生成、雲凝結核5への成長、雲生成過程を調べるために、富士山頂でエアロゾルや雲粒の測定を行った。2006年から2016年の観測期間は夏季300日間で、25nm以下の粒子濃度が高濃度となる新粒子生成イベントが観測されたのは236回だった。日中の94回より夜間に142回と、夜間の方が多く観測された。この現象はヨーロッパアルプスのユングフラウヨッホやヒマラヤ、ロッキー山脈などでは見られず、富士山固有の結果と推測される。

富士山頂は、平地に比べ気圧や気温が極端に低く、強風や強烈な直射日光にさらされる過酷な環境下にある施設であり研究者の苦労も少なくない。

MFRSの理事を務める土器屋由紀子江戸川大学名誉教授は「研究者が高山病になったり、雪や施工誤差で送電線が損傷したり、切断されたりして、トラブルは毎年色々と発生しています」と語り、「中でも、一番大きな課題は夏期2か月の山頂滞在で年間3-4千万円に上る施設の維持費です。世界遺産の国立公園内の山ですから、トイレの汚物も麓に持ち帰ります。とはいえ、富士山測候所がなくなってしまえば、もう二度と同じような施設を建てることはできません。現在の施設を活用しながら、末永く維持管理していくことが何より大切なことと思っています」と言う。

MFRSは、通年観測体制を確立するとともに、得られたデータを世界各地にある高所観測所とネットワーク上で共有することを目指している。世界中の研究者たちが情報を共有できれば、高所での観測精度をさらに高め、地球規模の環境保全対策などに生かすことができる。

「研究者にとって富士山頂は宝の山なのです」

三浦さんと土器屋さんは口を揃える。

その成果は、2007年の第1回夏期観測以降、査読付きの学術論文が57本、学会発表は500件以上という数字に表れている。MFRSは2017年11月6日から10日まで静岡県御殿場において第3回『山岳域における大気化学・物理に関する国際シンポジウム』を開催した。世界の12の国と1地域から76名の大気化学を先導する研究者がそれぞれの研究結果を共有した。エベレスト山高所の大気観測所の現在のデータから、エベレスト山脈の大気中には微量なガスとエアロゾルの重要な関係がある化学汚染や化学反応を示す大気が流れていると明らかになっている。

富士山測候所は研究施設としてだけではなく、教育や研究者育成の場としても注目を集めている。富士山が山頂から広がっているように、富士山測候所は未来へ羽ばたこうとしている。



1 富士山測候所を活用する会の英語表記はNPO Mount Fuji Research Station でこれは2016年にNPO Valid Utilization of Mt. Fuji Weather Stationから変更している。
2 地球を取り巻く大気層の表面に近く、地面や海面の影響を受ける部分を大気境界層と呼び(およそ1,000メートル)、その上の対流圏界面(およそ10,000メートル)までの部分を自由対流圏と呼ぶ。
3 宇宙から地球に絶えず高速で降り注いでいる原子核や素粒子のこと。
4 地中温度が年間を通して0℃以下で、2年以上連続で凍結している土地のこと。
5 水蒸気が凝結するときの微粒子。