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Highlighting JAPAN

高齢者のためのアプリ

82歳の日本人女性プログラマーが高齢者のためのITコミュニティを構築している。

2017年6月、アップル社の開発者向け会議「WWDC2017」(Worldwide Developers Conference 2017)で、最高齢プログラマーとして一人の日本人女性が世界中から注目を浴びた。アップル社のCEOティム・クック氏から「どうしても会いたい」と招待された、若宮正子さん(82才)である。

若宮さんは大手銀行を定年退職後、母親の介護のために思うように外出ができなくなったが、好奇心旺盛な性分から自宅にいながらインターネットを通じて外の世界と繋がることができるようにとパソコンを独習した。生来のセンスの良さも手伝って、あっという間にシニア向けオンライン掲示板創設に携るようになり、現在は自宅や集会所でシニア向けのパソコン教室を開きパソコンやスマートフォンの楽しさを教えるまでになった。

スマートフォンが普及し始めると、若宮さんはアプリケーション(以下、アプリ)に興味を持ったが、若年者向けが多く素早い操作が苦手な高齢者には楽しめないと感じ、高齢者向けのアプリを開発してくれる人探しを始めた。東日本大震災復興支援に関するボランティア活動を通して株式会社テセラクトの代表取締役社長・小泉勝志郎さんと出会ったことで、若宮さんの夢は実現に近付いた。

若宮さんは自ら考案したシニア向けアプリの作成を依頼するために準備した仕様書を小泉さんに渡したが、「80代の若宮さんがシニア向けのアプリを作ったとなれば絶対に話題になります」と小泉さんは提案を断り、若宮さん自身でアプリを開発するように勧めた。

若宮さんは、女児の健やかな成長を祝う伝統行事、3月3日の「ひな祭り」にちなんだゲームアプリを作りたいと考え、アップルのiOSで利用できるプログラミング言語「Swift」の勉強を始めた。

「ひな祭り」のゲームを考えたきっかけは、気軽に外出することが困難な高齢者や障害のある人たちもテレビ電話やネットを通じて、遠隔地の人たちと楽しむことのできる、若宮さんが理事を務めるNPO法人ブロードバンドスクール協会の電脳ひな祭りというイベント運営を手伝っていたことが背景にある。

アプリ開発を手伝う小泉さんは宮城県、若宮さんは神奈川県在住で、対面指導の時間は限られた。小泉さんは段取りを決める明確なフローチャートをもとに、アプリ完成に必要な部分のプログラミング知識を、遠隔授業で若宮さんに教えた。

Windowsユーザーの若宮さんはMacの操作に不慣れで、プログラミングはもちろん初めてだった。プログラミング言語の本を丸写ししてコードを書きアプリの一部を動かせたとしても、アプリ全体を動かすためのプログラミングは難しかった。ディスプレイに映し出されるプログラムそのもの、エラーメッセージ、アップル社へのアプリ申請手続きも英語だったため、若宮さんのアプリの完成は困難を極めた。しかし、半年後の3月3日の「ひな祭り」にアプリをリリースしたいという明確な目標が支えとなり、途中で挫折することなく独自のアプリ“hinadan”を誕生させた。

「指の動きの悪いシニアが苦手な操作を避けて、どの世代も楽しめるアプリにしたかったのです。特に、シニアの手は乾燥して画面に触れても認識されにくいのでスワイプ操作も組み込みませんでした。」と若宮さんは語る。

“hinadan”は、画面上のランダムに並んだ雛人形を指でトンと叩き、正しい位置に並べればよいというシンプルなアプリである。

今後アプリ開発に挑戦しようとする人々に向けて、若宮さんは「あまり深く考えずにとにかく一つのアプリを作ってみることをお勧めします。そして自分の中に落とし込むようにプログラミングを理解していくことが大切だと思います」と話す。

現在、若宮さんはプログラミングの普及やシニアへのIT教育のための活動をこなし、講演で日本中を飛び回る。シニアのためのITコミュニティーの構築や世代間交流を大切に考えてのことである。今後も日本の伝統や文化を次世代、世界中に伝えるアプリの開発、さらにアプリの多言語化システム作りに取り組むこととしている。

明るい笑顔と軽いフットワークで、どんなことでも前向きに挑戦し続ける82歳の若宮さんの姿は、多くの人に希望を与えている。