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Highlighting JAPAN

ユニバーサル食器

高齢者や障がい者の目線に立った食器を開発する企業が、生きる力と喜びを支えるデザインに取り組んでいる。

握る力が弱い、手や肩が思い通りに動かせない障がい者や高齢者にとって、健常者が使うフォークやスプーンは使いづらい。食事が大きなストレスになり、生活の質の低下にもつながることもある。

こうした問題に取り組む日本の企業がある。日本最大の洋食器産地・新潟県燕市に立地し、障がい者や高齢者用の革新的なスプーン、ナイフやフォークの製造を手掛ける株式会社青芳である。

青芳が福祉用スプーンの開発に着手したのは1986年のことだった。

「それまで弊社の製品は、海外からの受託生産が90%を占めていました。1985年の“プラザ合意”で急速な円高が進行して、日本の輸出産業全体が打撃を受け、燕市の洋食器製造業も不振にあえいでいたのです。弊社にとっても大きな試練が続きました」と青芳の専務取締役の秋元幸平さんは語る。

急激な円高による危機を乗り切るべく、同社は海外市場ではなく国内市場を開拓する必要があった。そのため、新たな国内向けブランドとして、同社は「福祉用スプーン」開発に取り組んだ。当時の社長(現会長)青柳芳郎さんが、小児麻痺で手に障害を持つ娘が使いやすいように工夫したスプーンを作っていたことがヒントになった。

「手の不自由な方々のためのスプーンを作れば、世の中のためになると思い立ちました」と秋元さんは当時を振り返る。

しかし、大量生産した製品は当初全く売れなかった。利き手やサイズなど障害の程度などによって個々のニーズは千差万別であり、これに応えることは困難だった。様々な設計を考案したり素材を求めて奔走したりする中で、秋元さんは三菱重工業株式会社(2008年に分社化、現株式会社SMPテクノロジーズ)によって開発され、熱を加えれば何度でも自由に形を変えられる「形状記憶ポリマー」という新素材に出会った。

障がい者のニーズにカスタマイズする方法を模索していた秋元さんは「これならいける」と三菱重工業を訪れ「福祉に役立てたい」と共同開発を依頼した。

秋元さんの熱意が大企業を動かし、1991年に福祉用スプーン「WiLL-1(ウィルワン)」が誕生した。WiLL-1のグリップ部分は、70℃以上の湯に浸けるとゴムのように柔らかくなり障がい者の手に合わせて容易に成形できる。これを20℃以下の冷水に浸けると新しい形で固くなり安定する。これによって様々なニーズに応え、それぞれの手にぴったりとなじむグリップが可能になった。

「WiLL-1」は、フィラデルフィア美術館が主催した1994年の「日本のデザイン―1950年以来展」で、その機能性とデザイン性が高く評価され選定作品となった。同社は改良を続け、1996年にグッドデザイン賞(通産大臣賞)(当時)や、2007年に経済産業省の「第1回キッズデザイン賞」<キッズデザイン協議会会長賞及び商品デザイン分野部門賞>など数々の賞を受賞し、新たな国内ブランドを確立した。

さらに、2004年発売の「ライト・ユニバーサル・スプーン」は、これに続くヒット商品となった。日本で普及しているスプーンは西洋サイズがベースとなっており、高齢者には重過ぎて使いづらい上にすくう量が多すぎて誤嚥を引き起こす原因にもなる。

例えば、一般的なカレースプーンで1回にすくう量は約25グラムと、飲み込む力が弱くなった高齢者には多過ぎる。食べ物をすくうボウル部分の形状を平たくするとともに、グリップを空洞化にして約16グラムに軽量化した。さらにネック部分に多様な角度をつけるなど、青芳は福祉人間工学研究者らとともに機能性と美しいデザインを追究した「高齢者が使いやすいスプーン」を完成させた。

色鮮やかで美しいフォルムの食器を前にすると、手に取りたい、使いたいという気持ちが湧く。同社には「食べる喜びを取り戻しました」「生きる希望を見出しました」というユーザーからの反響が届く。

「今後も高齢者や障がい者の方々が食生活を楽しむための製品づくり、食卓まわりからシステムキッチンに至るまで、“食”を巡る製品の総合的な提案をしていきたいです」と秋元さんは語る。

青芳は、生きる喜びを手助けする機能とデザイン開発を追求し続ける。