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Highlighting JAPAN

高い基準を保つ

日本最大の航空会社は、コミュニケーションを重視することで、ヒューマンエラーと事故防止につなげている。

アメリカ人のハーバート・ウィリアム・ハインリッヒは、1931年に出版した著書「災害防止の科学的研究」において、1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故があり、その背景には300件のヒヤリとする事例があるという経験則を明らかにした。これは、「ハインリッヒの法則」として広く知られるようになり、現在でも、あらゆる産業において、事故防止を考える上での基礎となっている。

安全性が特に重視される航空産業においても、世界の航空会社や航空機メーカーは様々な対策を実行することで、事故防止に努めている。その中でも、全日本空輸(ANA)は独自のヒューマンエラー対策を築き上げてきた航空会社の一つである。

「人間はエラーを起こすものという前提に立ち、訓練を常に重ねています」と、長年にわたりANAで整備士として働き、現在ANAビジネスソリューションでヒューマンエラー対策講師を務める宮崎志郎氏は言う。「また、事故防止には、ひやりとした経験を社員の間で直ぐに共有することが重要です。そのために、『おかしい』と思ったら、誰でも自由に声を出し合える環境を整えています」

ANAには全ての業務を一括管理する基幹データシステムがあり、その下に数多くの情報共有システムを構築している。その一つ、整備部門のシステムは、整備作業の現場で気づいたことを自由に発信するシステムである。発信された意見はデータベース化され、全ての整備士がそれを共有することにより、ヒューマンエラーの防止に役立っている。また、全ての工具にはICチップが埋め込まれ、仮に工具が機内で紛失してもセンサーによって見つけ出すことができるようになっている。整備場のゲートにもセンサーが組み込まれ、入退時の工具数も厳密にチェックされている。

さらに、整備部門では基本的に整備担当者本人が最終的な確認作業まで担う「セルフインスペクション」を導入している。これは整備士個人に責任感とやりがいを持たせると同時に、「経験のある整備士がやったから大丈夫だろう」という油断に起因するチェックミスを防ぐための制度である。セルフインスペクションの最後は、「指差呼称」で確認が行われる。これは、確認すべき対象に向かって指を差し、確認できたら「ヨシ!」と声を出すものである。視覚・聴覚・動作を合わせて確認することで、エラー発生率が1/6に減るというデータもある。

機長などの運航乗務員と客室乗務員に対しても、ヒューマンエラーを防ぐための様々な訓練の実施や制度の整備が行われている。例えば、運航乗務員が自らのヒヤリ体験を自由に発信できる「ECHO(Experience Can Help Others)」が設けられている。

日本社会は、上下関係を重んじる傾向にある。それゆえ、立場が上の人に対しては率直に意見を言えないケースも多い。しかしANAでは、例えば、副操縦士が何か「おかしい」と気付けば、それが勘違いであっても、直ぐに機長に対しても「確認をお願いします」と言うことができる文化が根づいている。

「“自分以外はみなお客様”という考えは、ANAならではの品質管理の文化です。自分以外の全社員が敬愛すべき内部顧客なのです」と宮崎氏は言う。「円滑なコミュニケーションがあってこそ良好な人間関係が生まれます。その上でそれぞれの立場に応じて、社員がリーダーシップを発揮できるように訓練を行っています」

ANAは世界の航空会社の中でもトップレベルの評価を受けている。毎年、空港や機内でのサービスなどの項目を評価し、エアライアン格付けを行っているイギリスのスカイトラックス社のランキングによると、ANAは2013年から2016年まで4年連続で世界最高評価の「5スター」に認定されている。「5スター」に認定されているのは日本ではANAが唯一、世界でも9社のみである。

また、ANAは、世界最大の航空機メーカーであるボーイング社とパートナーシップを築いている。パートナーシップの象徴が、2011年就航の「ボーイング787」である。ANAは、ボーイング787の「ローンチカスタマー」(世界で最初に購入を決めた航空会社)となり、その開発に深く関わった。

「飛行機の運航性能を最も理解できるのは、常に整備に携わっている航空会社です。改善すべき情報をメーカーに提供し続け、より良い飛行機へと共に造り上げていくのです」と宮崎氏は言う。「ボーイング社からはANAと組んでよかったというコメントをいただきました。そんな信頼関係を構築していることを、私たちは誇りに思っています」