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Highlighting JAPAN

着るだけで生体情報が測れるウェア

心拍数や心電図などの生体情報を計測できる新しい素材は、スポーツトレーニングや安全管理など様々な分野での利用が検討されている。

東レとNTTは、生体信号を高感度に検出できる機能素材hitoe®の実用化に成功した。hitoe®は、繊維を導電化するNTTの技術を使い、東レが開発した繊維径700ナノメーター(髪の毛の7500分の1)という細さのナノファイバーに導電性高分子を含浸したものだ。

「hitoe®は身体から発する電気信号を読み取ることができるのです」とNTT研究企画部門の久野誠史氏は言う。「繊維でありながら、センサーでもあります」 hitoe®を取り付けた衣服を着用すると、着用した人の生体信号がhitoe®を通じて、専用の小型送信機に送られ、そこから、スマートフォンやPCにデータが送信されるという仕組みである。

hitoe®の特徴の一つは、肌に密着しやすく肌への接触面が広くなるため、身体から発せられる生体信号を正確に検出できることにある。また、100回洗濯ができる耐久性を持っている。

身体状態や精神状態を正確に把握するためには、連続した心拍数と心拍数のゆらぎの計測が必要である。今までの電極の場合、通常、ジェル状の電解質ペーストで皮膚に粘着させて計測を行うが、かぶれやかゆみの原因となったり、発汗によって電解質ペーストが流れ落ちて計測が不能になったりするなどの欠点があり、長時間の連続使用や発汗時の利用には不向きだった。しかし、hitoe®は、着ているだけで計測ができる。

NTTと東レは、こうした特徴を活かして、hitoe®の様々な分野への応用を検討している。

第1がスポーツ分野での活用である。心拍数によって運動中の負荷をモニタリングすることにより、効率的なトレーニングを行うことが可能となる。また、筋電測定によって運動中の筋肉の使い方を可視化することで、ベテランと初心者の筋肉の使い方にどんな違いがあるのかを解明し、スキルの向上、ケガ防止、トレーニング法の開発に役立てることもできる。スポーツやダイエットを実行しながら、つねに自分の身体の状態を把握できるので、効率的に成果を上げることが可能となる。

第2が作業者向けの安全管理分野での活用である。例えば、夏の厳しい暑さの中での建築現場や空港の作業員にhitoe®を装着したウェアを着用してもらい、計測した心拍数などの身体データをオフィス等で管理者がリアルタイムでモニタリングするというものである。これにより、作業員の熱への暴露度合いなどを把握することができる。取得したデータをクラウド経由でパソコン、タブレットやスマートフォンに送り、作業員本人や管理者と共有することで、体調管理や事故防止に活用することが検討されている。

「ウェアに装着された小型送信機には3軸加速度センサーが内蔵されています」と久野氏は言う。「着用者が転倒したことを察知し、救助などの対応を取ることも可能です」

第3は医療分野での活用である。心疾患の患者は、短時間の心電図の計測では異常がみられるわけではなく、長時間の計測を通して診断する必要がある。このために、現在は24時間にわたってつねに心電図を記録する「ホルター心電計」による計測が行われている。しかしホルター心電計では常に多くの電極とコードを装着しなければならず、患者の日常生活に支障をきたすという欠点があった。

hitoe®を活用した医療用ウェアは着用するだけで計測ができるため、患者の生活の質を下げることなく心電図の常時モニタリングが可能となる。将来は自宅で1週間以上にわたって心電を連続測定することで、従来のホルター心電計では発見が難しかった潜在的な心疾患を発見できる可能性もある。hitoe®をこうした医療現場で活用できるように現在検討と開発を進めている。

「今後はGPSやビーコンを活用し、介護福祉施設や自宅における高齢者見守り分野などでの活用も目指していきたいです」と久野氏は言う。