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Highlighting JAPAN

医師の腕を支える

デンソーは2つの大学と共同で「iArmS」を開発した。医師の手術中、腕の負担による手の震えや疲れを軽減する、モーターレスの画期的な手術支援ロボットだ。

「iArmS(アイアームス)」は手術する医師の腕を支え、手の震えや疲れを軽減する手術支援ロボットだ。医師が顕微鏡を見ながら1ミリ以下の血管や他の組織構造を縫合するなど、繊細な手作業が必要になる手術では、支援ロボットを使うことで震えや疲れを軽減することができるほか、難しい体勢での処置も可能となる。

信州大学と東京女子医科大学と共同で「iArmS」を開発した株式会社デンソーは、日本だけでなく海外の自動車メーカーとタッグを組む自動車部品大手として日本の製造業を牽引し、小型産業ロボットの開発・製造も手掛けている。

「デンソーの持つ技術や信頼性といった強みを生かしたサービスロボットを開発し、しかも迅速に実用化したいとの命題がありました」。同社ヘルスケア事業室長 小山俊彦氏は開発の経緯を語る。当時、米国発の手術ロボットが登場し、急速に普及していた。「医療分野でのロボット技術への評価が高まり、市場の存在が見えた。我々の技術を活かすチャンスだと考え、手術ロボットの開発に着目しました」。

とはいえ、工学のエキスパートたちも医療界ではまったくの素人。「今さら医療に参入しようとしても遅いとの苦言も聞かれる中、何のコネクションもないまま、有名医師へ突然メールするといった従来の日本の商習慣上、ある意味で非常識な行動を敢行したにもかかわらず、その医師たちの反応はとても親切だった。」と、小山氏は当時を振り返る。

「それまで医工連携でのロボット開発事業は世間に存在したが、どれも実用化には至っていなかった。実用化を絶対の目的として、工学的な技術と医学的な使命感、二者の最適解を柔軟に求めていこうとする我々の考えに共感をいただけたのではないか」と、小山氏は背景を説明する。

手術者の手の震えや疲れを軽減する、モーターレスの医療ロボット構想を持っていた東京女子医大の岡本淳氏と知り合い、そのコンセプトデモ機を見て「我々の技術を生かせるのはこれだ、と腹に落ちました」。モーターを使用する普通のロボット構成では安全を保障するのに開発期間、信頼性検証に時間と工数がかかってしまう。そこで、モーターは一切使わず、計算された重りによる重力バランスと摩擦力だけで医師の腕にぴったりと追従し、医師の手の震えを70%低減するロボットを作り上げた。腕を台に載せると、一切の抵抗や腕の重さを感じることなく自在に動かせるという初めての体験に、医師たちからは「モーターがないとは信じられない。不思議な無重力感覚で、手が疲れない」との反響を得た。

可操作性と安全性、臨床での実用性などを着実にクリアし、開発期間3年という超短期で実用化へ漕ぎ着けた。モーターレスの受動ロボットの登場は業界を驚かせたが「我々自身も驚いている」と小山氏は笑う。

iArmSの開発に関わった人は100人以上に及ぶ。様々な人の協力を得て、オペの現場で改良を重ねた。「オペ中、医師が振り返ってこちらを見たときに『また何か不具合があったか』と身を硬くしたら、『いいよ!』との言葉。技術者としてゾクッときた、最高の一瞬でした」。

iArmSは2015年4月に受注開始、臨床現場では特に脳神経外科の微細な顕微鏡手術や、耳鼻咽喉科の内視鏡手術での使用が好評で、海外からも問い合わせが来ている。小山氏は「外科医の世界では、手の震えさえなければもっと正確でいい手術ができるという潜在的なニーズが大きい。多くの臨床現場を支えることができるよう、今後は海外で販売ルートのパートナーを見つけ、普及を進めていきたい」と海外市場を視野に意気込んだ。