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Highlighting JAPAN

土から見つけた治療薬

ノーベル医学・生理学受賞の大村智氏インタビュー

2015年のノーベル医学・生理学賞を受賞した北里大学の大村智教授は、土壌で見つけた微生物の力を利用して、感染症に苦しむ数億の人々を救ってきた。

アフリカとラテンアメリカに住む数千万の人たちを熱帯病の恐れから救う薬「イベルメクチン」の成分を見つけ出した業績を認められ、2015年のノーベル医学・生理学賞を受賞した北里大学特別栄誉教授の大村智氏。微生物の作り出すさまざまな化合物を発見し、構造を決め、多くの薬剤開発に貢献してきた化学者らしく、受賞の感想を問われると「この賞の半分は微生物にあげたい」と話す。

1975年、大村氏は静岡県のゴルフ場の土壌で見つけた新種の放線菌が、特殊な抗微生物活性を持つ化合物「エバーメクチン」を作り出すことを発見した。大村氏と共同研究を行っていた米メルク社は、この成分を元により効果的なイベルメクチンを作り、1981年に動物用の寄生虫対策薬を発売した。その後、メルク社の研究者とWHOの専門家によって、イベルメクチンはアフリカの人々が数百年にわたって苦しんできたオンコセルカ症(河川盲目症)に対して効果が高いことが証明された。これにより、イベルメクチンは感染症対策薬「メクチザン」と名づけられ、人間の病気に対する薬として登録されるとすぐ、オンコセルカ症が消滅するまで無償で提供されることとなった。

イベルメクチンは、アフリカでは人の血を吸うブヨを介して回旋糸状虫という腸内の回虫による感染、中南米やアラビア半島では行動感染によって蔓延していた河川盲目症の治療薬として効果を発揮する。この病気は外傷が残る皮膚病、視力障害や失明を引き起こす。さらに、寄生蠕虫を病原体とし、蚊を媒介に感染するリンパ系フィラリア症(象皮病)にも効果があることがわかった。この病気は二次感染によって手足が象のように腫れ上がってしまうことがある。しかも、イベルメクチンが非常に安全であり、副作用が極めて少なく、無償で提供されるため、医者がいない貧しい地域でも配布することができ、結果として感染拡大を食い止めることになり、病気の消滅を可能にする。

メクチザンは、現在オンコセルカ症およびリンパ系フィラリア症が広がっている国々に無償供与されており、年間約3億人に投与され、外観に損傷を及ぼし、社会的な恥辱となる感染の中の二つから本人と周りの人々を解放している。かつてアフリカ各地で猛威を振るったオンコセルカ症とリンパ系フィラリア症だが、今では撲滅した地域もあり、今後10年のうちに公衆衛生問題として世界からなくなる見通しだ。

大村氏はガーナのある村を訪れた日のことを、今も鮮明に覚えているという。そこはかつてはオンコセルカ症が初めて大きな問題として指摘された村で、住民の大人のうち30%以上が失明するという沈んだ村だった。「村の小学校に行くと、メクチザンを飲んでいる子どもたちはとても元気な姿でした。子どもたちは日本や東京という地名も知らないし、聞いたこともないと言っていましたが、メクチザンという言葉を聞くと『メクチザン!知っている!飲んでいる!』と大興奮で話しかけてくれました。あのときは嬉しかった」と目を細める。

大村氏がこれまでに発見した新種の微生物は52種類にものぼり、そこから見いだされた新しい活性を持つ化合物は470種類余りにも達する。それらは抗がん剤、抗生物質などの医療薬・動物薬・農薬および生命現象を解明する研究試薬などとして商品化されている。人間やペットの健康、酪農への貢献などを考えると、先進国に住む人々を含めた世界中の人が大村氏の恩恵を受けているといえる。

「自分の中で優先しているのは『人類のためになること』。だから、研究と同じくらい大切にしているのが、次世代を担う人材を育成することです。私の研究室からは、これまでに120人以上の博士と30人以上の教授を輩出してきましたが、これからも人を育て、地方を再生する仕事にも力を注ぐつもりです」。

化学者としてさらに多くの人を救う薬のもととなる化合物を探すことにも意欲的である一方、故郷の山梨県に温泉施設や美術館、山梨科学アカデミーなどを設立し、人と地域を育む事業にも取り組む。発見した微生物や育てた人材を通じて、将来的にも人類の健康に寄与し続けたいという大村氏の考えは、化学研究の実を人類へ広げるという彼の秘めたる信念であり、名高い北里研究所の理念を如実に表しているものである。