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Highlighting JAPAN

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科学と技術

眠りの科学

柳沢正史教授率いる国際統合睡眠医科学研究機構(仮訳)



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睡眠の必要性は共通要素だ。すべての人はある程度の睡眠を必要とする。しかし社会生活の変化に伴い、睡眠の病気である睡眠障害が増加し、社会の生産性を脅かしている。しかも、睡眠障害は様々な精神障害や生活習慣病と関係することがわかり、更なる危惧を生んでいる。かつて重要な健康法であった睡眠は、生活へのプレッシャーがますます増大する21世紀の今日において、さらに特別なものになっている。

では、どうやって睡眠をコントロールできるのか? そもそも睡眠はなぜ必要なのか? これらの質問は驚くことに未だ明確には答えられていない。「睡眠に関しては多くの謎があります」と医学医療系教授・柳沢教授は話す。「眠っている間、人は意識を失い、危険に対して無防備になる。これは進化論的にも大きなリスクであるはずなのに、すべてのほ乳類は眠ります。つまり、睡眠はそのリスク以上の利点があるということなのです」

柳沢教授の指揮の下、様々な分野の科学者からなる世界有数の研究組織である筑波大学の国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)は、睡眠の神経生物学を基礎として、睡眠のメカニズムを解明し、睡眠障害とそれに関係する疾病の治療に役立てようと研究に取り組んでいる。

WPI-IIISは、オレキシンという脳内の化学物質と睡眠の相関関係が発見されたことを受けて発足した。オレキシンは覚醒状態を引き起こす物質で、これがなければ人は起きているのがとても困難になる。

通常の睡眠過程は、覚醒状態から眠りへの必須の一歩であるノン・レム睡眠への移行を経る。その後、夢に体が反応しないような身体的により深いレム睡眠へと導入される。

ところが、以前の実験の中で、オレキシンが欠乏したマウスは覚醒状態からいきなりレム睡眠に移行し、ノン・レム睡眠という段階をまったく飛び越してしまうことを柳沢教授は発見した。

「実験室のマウスに異常な行動が観察されました。走り回っていたマウスが突然倒れ、まるで死んだかのように動かなくなったかと思うと、またすぐ走り出す。これらのマウスはナルコレプシーを患っていると判断しました」

ナルコレプシーとは、睡眠と覚醒との移行の異常から発生する睡眠障害の一つで、睡眠が正常に制御されないことで、慢性的疲労や日中の眠気の症状として現れたり、または、笑うなどの肯定的な気分の高揚により、意識がある時に突然筋肉コントロール喪失を引き起こしたりするカタプレキシーと呼ばれる症状として現れる。

「研究者たちはナルコレプシー患者の場合、95%以上にオレキシンの欠乏が見られることを突き止めました。もし私たちがなんとかしてオレキシンを入れ替えることができれば、ナルコレプシーは完治します。しかし、残念ながら、オレキシンは直接脳に送られなくてはならないので難しい。そこで必要となるのは、患者をまったく自然に覚醒させることができるオレキシンの機能を模倣したオレキシン受容体作用薬です。私たちは今、これを開発しようとしています」と柳沢氏は語る。

オレキシン受容体作用薬が開発されれば睡眠の制御を助けることが可能になるので、鬱病や肥満、メタボリックシンドロームなど、睡眠障害から来る様々な身体的疾病や精神的障害の治療も可能になる。

一方で、オレキシン受容体作用薬と逆の効果を持つオレキシン拮抗薬はオレキシンの効果をブロックするので眠たくさせる。現在市販されている睡眠薬は単なる鎮静剤であるのに対し、オレキシン拮抗薬は自然な睡眠を誘引し、鬱から時差ぼけまで幅広く治すことができる。これは間もなく市場に出回るかもしれないという。

「オレキシン拮抗薬は睡眠薬として認可されようとしているところです。おそらく今年の6月か7月頃になるのではないでしょうか」と柳沢は言う。「とても面白い時期になるでしょう」。いま、眠りの科学の謎を解き明かすときが来ているのではないだろうか。



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