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特集世界に広げる「ライフ・イノベーション」

世界に広げる「ライフ・イノベーション」(仮訳)

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2010年、女性の平均寿命は86歳と26年連続で長寿世界一、男性は79歳と世界で4番目の長寿の国だ。その要因として、健康的な食生活、国民皆保険制度の下の高度な医療などがしばしば理由に挙げられる。一方で、日本は急速な高齢社会に直面している。現在、日本の総人口に占める65歳以上の人口は約23%、15歳未満の子どもの数は13%であるが、およそ40年後の2055年にはそれぞれ40%、8%になると予想されている。

少子高齢化社会では、医療や介護の必要な人口は増加する一方で労働人口が減少する問題に直面する。財政的なバランスを維持しながら、日本が高齢者の健康的な生活を守るためには、今後、革新的な医療技術の開発、高齢化社会に対応した新たな成長産業の育成が不可欠だ。そのために、日本政府は2010年6月に閣議決定した、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」の実現を目指す「新成長戦略」において、「ライフ・イノベーションによる健康大国戦略」を7つの戦略分野の一つとして位置づけた。ライフ・イノベーションは医療・介護分野における革新をいう。新成長戦略では、「世界のフロンティアを進む日本の高齢化は、ライフ・イノベーションを力強く推進することにより新たなサービス成長産業と新・ものづくり産業を育てるチャンスでもある」と強調している。

しかも、少子高齢化は日本だけの問題ではない。欧米やアジアでも今後、少子高齢化が進むと予測されている。つまり、日本のライフ・イノベーションの成果は世界とも共有できるのだ。

今月の特集記事では、日本のライフ・イノベーションの実現に向けた様々な取り組みを紹介する。まずは、ジャパンジャーナルの澤地治が宇宙医学を紹介する。

国際宇宙ステーション(ISS)は地上から約400キロの宇宙空間を1周約90分という高速で地球の周りを飛んでいる。このISSに設置されている日本実験棟「きぼう」の船内実験室(直径4メートル、長さ11.2メートル)では、宇宙環境を活用した様々な実験が行われている。

その一つが、宇宙医学だ。宇宙飛行士は、宇宙滞在において、微小重力、閉鎖空間、宇宙放射線被爆など、地上と異なる環境で生活することにより、人体に様々な影響が及ぶ。こうした影響を最小限に抑えることが宇宙医学の目的だ。

しかし、宇宙医学は、宇宙飛行士だけではなく、地上で生活する人々にも恩恵をもたらす。例えば、骨粗しょう症の予防の研究だ。この病気は、加齢や女性ホルモンの減少により骨量が減少するのが原因だ。現在、日本の骨粗しょう症患者数は約1200万人、70代女性の2人に1人が骨粗しょう症になると報告されている。その結果、毎年15万人が大腿骨頚部を骨折し、全員手術が必要となっている。この骨量の減少は、宇宙飛行士にも起こる。宇宙の微小重力環境では身体に重力がかからないからだ。

「宇宙飛行士は骨密度が毎月1.5%減少します。これは、骨粗しょう症の患者の約10倍の速さの減少です。ふくらはぎの筋肉も毎日約1%減少しますが、これは、60歳以上の6か月分の加齢による筋萎縮に相当します」と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の大島博宇宙医学生物学研究室研究領域リーダーは言う。「つまり、宇宙飛行は加齢変化の加速モデルなのです」

このような骨量の減少を防ぐために、日米共同の実験が行われた。それは、日本人宇宙飛行士を含む8名が、軌道上の運動に加えて、週1回、骨粗しょう症薬を服用し、長期滞在の宇宙飛行の前後での骨量の変化を測定するというものだ。そして、今年2月にヒューストンのヒューマン・リサーチ・プログラム・インベスティゲーターズ・ワークショップで発表された中間報告結果によれば、飛行後データのそろった5名の大腿骨頚部の骨量の減少は平均でほぼゼロだったことが明らかになった。つまり、効果的な予防対策をきちんと実施すれば、骨量減少のリスクを減らすことが出来るのだ。

「骨粗しょう症薬は、これまで、治療のために服用されてきましたが、予防の効果も非常に高いことが分かったのです」と大島氏は言う。

タンパク質の結晶を作る

宇宙医学の分野で、日本がISSで行っている実験の一つに、タンパク質の結晶生成がある。その目的の一つは創薬だ。タンパク質は細胞内で合成され、生命活動に不可欠な様々な働きをするが、何らかの原因で、本来の機能を失ったタンパク質は病気の原因となる。病気の治療薬は、その異常なタンパク質に結合し、機能を停止、あるいは正常化する役割を担う。それはしばしば、鍵と鍵穴に例えられる。つまり、タンパク質の立体構造(鍵穴)を明らかにして、それに合う薬(鍵)を作ればよいのだ。

そうしたタンパク質の立体構造を解明するためには、歪みのない高品質なタンパク質の結晶を作ることが不可欠である。地上では重力の影響により、タンパク質の結晶を作るための溶液内で、対流や沈降が起こるために高品質の結晶を作ることが困難だ。しかし、微重力のISS内では、重さの違いで物が浮いたり沈んだりすることがないので、溶液中の対流や沈降が抑えられる。その結果、非常に高品質のタンパク質の結晶を作ることが可能になる。

日本は2003年からはISSのロシアの施設で、2008年からはきぼうで、タンパク質結晶生成装置を使い実験を続けている。

「宇宙でのタンパク質の結晶生成について、日本は世界で最も進んだ技術を持っていると言えます」とJAXAの宇宙環境利用センターの小林智之主幹開発員は言う。

これまでに、JAXAはISSで延べ600種類以上のタンパク質の結晶生成に取り組んでいる。その中には、治療薬の開発につながるタンパク質も含まれている。例えば、H-PGDSと呼ばれるデュシェンヌ型筋ジストロフィーに関連するタンパク質だ。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、男児3500名に一人発症するといわれ、筋肉が萎縮・壊死を起こし、車椅子や人工呼吸器での生活が必要になる難病だ。これまでISSで5回にわたって行われた結晶生成をもとに精密な立体構造を解析して、候補化合物を合成した。それをデュシェンヌ型筋ジストロフィーのマウスに投与すると筋肉の壊死の進行が止まる効果が現れた。

無論、難病だけではない。例えば、インフルエンザウィルスの増殖に中心的な役割を担うタンパク質の結晶も生成している。これまでISSで4回行われた実験データをもとに、インフルエンザウィルスの増殖を阻害する薬の開発が現在、製薬企業によって進められている。

その他、肥満、ガンなどに関連するタンパク質の高品質な結晶生成にも成功し、その立体構造の解明が進んでいる。

「高品質のタンパク質の結晶生成施設として、日本だけではなく世界中の研究機関にきぼうを活用して欲しいです」と小林氏は言う。「日本にはSPring-8、SACLA、スーパーコンピュータの京など、世界的に見ても『スーパー』な施設が数多くあります。これらの施設の成果ときぼうの成果をつなげることで、ライフ・イノベーションに大きく貢献していきたいです」

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