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Highlighting JAPAN

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日本の伝統を受け継ぐ外国人

古き良き温泉旅館を守る(仮訳)

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亀清旅館は、長野県千曲市の戸倉上山田温泉に1955年に創業した温泉旅館だ。同旅館で日本人の妻とともに、旅館を切り盛りしているのが、米国シアトル出身のタイラー・リンチ氏だ。古式ゆかしい温泉旅館をこよなく愛するタイラー氏に山田真記が話を聞いた。

アメリカ西海岸の港町シアトルで生まれ育ったタイラー氏が日本に関心を寄せたきっかけは、今から25年ほど前にさかのぼる。当時、高校生だったタイラー氏は、日系の貿易会社で、船の積み荷の確認や書類整理などのアルバイトをしていた。

「将来は日系の総合商社で働きたいという夢があったんです。だからこの頃から、日本語の勉強を始めました。ただこの時期は、あくまでビジネスの視野でしか日本を捉えていませんでしたね。日本の伝統とか文化にはあまり興味がなかったんです」とタイラー氏は話す。

しかし、大学卒業後、留学を含めて4度目の来日の折りに、タイラー氏は、日本の温泉旅館、そして現在の奥さんの磨利(まり)さんと運命的な出会いを果たすこととなる。

「大学を卒業してからも、もっと日本語の勉強がしたくて日本に残ることにしました。長野県上田市の語学学校の講師として働いていた時に出会ったのが、学校の生徒だった妻の磨利で、彼女は亀清旅館の娘でした。彼女と交際するようになって、次第に亀清旅館の伝統を感じさせる古びた趣に惹かれるようになったんです」

1995年、タイラー氏と磨利さんは結婚し、シアトルで暮らすことになった。タイラー氏はシアトルの貿易会社に職を得たが、母国に居ながらも、常に亀清旅館のことが心の片隅にあった。そして転機が訪れた。

タイラー夫妻がシアトルで生活を初めて11年目に入った年、亀清旅館の経営者であった磨利さんの父が他界し、母の純子さんが一人で旅館を切り盛りしなければならなくなった。跡継ぎもいなかったため、いっそ旅館を取り壊して駐車場にしようかという話が持ち上がった。それを聞いたタイラーさんは一大決心をする。

「昔ながらの日本の温泉文化を絶やさないためにも、亀清旅館を残すべきだと思いました。後継者がいないのなら、自分が後を継げばいい。子ども達を育てる場としても、自然に恵まれた田舎のほうが実りが多いと思ったのです」

こうしてタイラー氏は亀清旅館の跡継ぎになった。

アジアやヨーロッパなど、多くの国々を旅した経験を持つタイラー氏は、日本の温泉旅館は他国の宿にはない独自の魅力を持っていると言う。

「日本の温泉旅館は、ただ宿泊するだけの施設ではありません。一口で言えば、トータルにリラックスできる場だと思うんです。温泉でゆっくりと温まり、地元の食材を生かした料理を味わい、床の間のある畳の部屋でのんびりと時を過ごす。こうして日々のストレスから解放される貴重な時間を持つことができるのです」

タイラー氏は、旅館の建物のつくりにも大いにこだわりを持っている。

「日本がバブル景気に湧いた頃、戸倉上山田温泉のほとんどの旅館が、木造の建物を取り壊して、鉄筋コンクリートの宿に建て替えました。でも私は、あえてぬくもりのある古びた木造の建物を残しました。渡り廊下があり、緑あふれる中庭がある昔ながらの温泉旅館の風情を守るべきだと考えたからです。亀清旅館に宿泊してもらえば、様々な日本の伝統的文化を集中的に体験できます。畳の部屋や浴衣などは海外からのお客さんにも好評ですよ」

タイラー氏の考えは、ただ古いものを残すということだけにとどまらない。ロビーに薪ストーブを設置したり、客室に伝統的な古民具をしつらえたり、露天風呂を自分で作ったりした。

こうした旅館の仕事に精を出す一方で、タイラー氏は長野県全域を視野に入れた町おこしにも力を注いでいる。2008年には自らが発起人となって、「長野インバウンド・サミット」を松本市で開催した。この催しには、県内に在住する外国人や観光関係者およそ100人が参加して、外国人観光客を呼び込むために求められる行政や民間の取り組みなどが話し合われた。その後、タイラー氏は県の公式ブロガー・インバウンド大使に任命され、長野県の観光名所や温泉などを紹介する英文のブログを立ち上げた。

亀清旅館の宿泊客は年間約6,000人で、そのうち およそ10%が外国人観光客となっている。

「最も多いのがスキーを目的に訪れるオーストラリア人で、外国人観光客の約40%を占めています。東日本大震災以降、一時、海外からのお客さんは減ってしまいましたが、次第に戻りつつあります」とタイラー氏は言う。「日本の伝統文化に興味を持っている人は世界中に大勢いますので、もっと来日する外国人を増やしたいです」

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