Home > Highlighting JAPAN > Highlighting JAPAN 2012年1月号 > 透明人間、現る!(仮訳)

Highlighting JAPAN

前へ次へ

特集未来をつくる科学技術

透明人間、現る!(仮訳)

English

稲見昌彦慶應義塾大学教授は日本のアニメにヒントを得て、「透明マント」を発明した。ジャパンジャーナルの澤地治が報告する。

1897年に執筆されたH.G.ウェルズの小説「透明人間」から、最近の映画「ハリー・ポッター」の透明マントまで、自らを透明にするという魔法は、数々の小説や映画に登場してきた。しかし、稲見昌彦慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授は、「光学迷彩」という技術を使い、実際に透明マントを発明してしまった。稲見教授が光学迷彩のヒントを得たのが、国内外で高い人気があったマンガ「攻殻機動隊」だ。

「私が博士課程の時に、研究室の助手の先生から『自分と議論したければ、この本を読んでおくように』と渡された本の一冊が攻殻機動隊だったのです」と稲見教授は言う。「このマンガの中で、人物が周囲の風景に溶け込み、消えることが出来る光学迷彩という技術が登場するのです。その頃、プロジェクターを使って立体映像を作るという研究をしていた私は、『物質的に透明にするのは無理でも、立体映像を使って物体を周囲の風景に溶け込ませることで、その物体を視覚的に透明にすることは工学的に可能かも知れない』と閃いたのです」

稲見教授が発明した光学迷彩は、錯覚を利用したカモフラージュだ。人間を透明にするためには、人物から隠れて見えない後ろの風景を、その人物の体に映し出すことで、風景に溶け込ませばよい。つまり、その人物の背後の風景を、リアルタイムで撮影し、それを、映画のスクリーンに画像を映し出すように、プロジェクターで人物の体の上に立体映像で投影するのだ。

しかし、平面ではないカーテンにプロジェクターで映像を当てても、映像が歪んでうまく映らないのと同様に、単に人物の体に、後ろの風景を投影しただけでは、透明には見えない。また、映像を当てる部分を平面にしても、周囲が明るいと、映像自体が見えなくなってしまう。

こうした問題を解決したのが、再帰性反射材の利用だ。再帰性反射材は、光が、入射したのと同じ軌道に反射する性質を持っている素材である。道路標識、自転車の反射板などには再帰性反射材が使われているので、夜間でも日中でもそれらに光を当てると、よく見えるのだ。この再帰性反射材で作られたマントを使うと、投影した光(色)が乱反射せず、見る側に直接戻ってくるので、平面ではないマントの上であっても、周囲の明るさも関係なく、その背後の立体映像を、マントの上にはっきりと映し出すことが可能になる。

1999年に、稲見教授がこの光学迷彩の技術をアメリカのCGの展覧会である「SIGGRAPH」(Special Interest Group on Computer Graphics)に展示すると、大反響を呼んだ。「SIGGRAPHでは、メインで見せたかった研究成果の余興として光学迷彩を見せていたら、余興のほうに、長い行列が出来てしまったのです」と稲見教授は笑う。

「小学生の頃の愛読書の一つは『ドラえもん』でした。今でも、研究のアイディアを得るために、藤子・F・不二雄のマンガを読んだりします。日本のポップカルチャーが、知的な意味で、私の血となり肉となっていのだと思います」

光学迷彩は様々な分野で応用が期待されている。例えば、医療分野だ。外科手術では、執刀する医師の手や手術道具によって患部が見づらくなるため、手術が難しくなる場合がある。そこで、光学迷彩を使い、それらを手術する医師の視野から「消して」しまうのだ。実際、アメリカの大学で、光学迷彩を活用した医療技術の開発が進んでいる。

また、稲見教授は自動車メーカーと共同で内装に再帰性反射材を使った実験も行っている。光学迷彩の活用により、運転席から何も遮るものがなく周囲を見渡すことが出来るようになれば、事故のリスクを大きく減らすことも可能だ。

「運転手はガラスの自動車に乗っているような気分になります」と稲見教授は言う。「アーサー・C・クラークが『洗練した技術は魔法と区別がつかない』と述べています。これからも、一般の人が簡単に扱える魔法のような技術を開発していきたいです」

前へ次へ