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Highlighting JAPAN

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ものづくり

錦見鋳造(仮訳)

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火力の弱い家庭用コンロでは、どんなフライパンを使っても、レストランのように調理できないというのが一般通念だ。しかし、三重県の錦見鋳造は、「魔法のフライパン」でこの常識を打ち破った。そのものづくりを柳澤美帆がレポートする。

錦見鋳造が2002年に完成させた「魔法のフライパン」の人気が日本全国で止まらない。購入者からは、家庭のガスコンロで「料理がおいしく作れるようになった」「中華料理店で食べるように、チャーハンの米がパラパラになった」などという声が寄せられ、昨年までは注文してから3年という入荷待ち状態が続いていた。

そもそも錦見鋳造は自動車などの鋳物部品を製造する小さな会社だった。

1991年にバブル経済が崩壊した後、得意先からの発注が激減し社長の錦見泰郎(やすお)さんは危機感を抱いていた。

「下請け業者のままでは立ち行かなくなる。独自商品を作らなければならない」

翌年、錦見さんは、鉄に比べて熱伝導が二倍ほど早い鉄鋳物を調理器具に使えば短時間でおいしい料理が出来るのではないかと考え、知人の経営する料理店にステーキ皿の試作品を持ち込んだ。すると予想通り「鉄板より鉄鋳物で作った方がおいしい」との評価を得た。鉄と鉄鋳物の違いは炭素の含有量にある。含まれる炭素が0.02%以下であれば鉄、2.14%以上であれば鉄鋳物と呼ぶ(尚その中間のものを鋼という)。鉄鋳物は高温の炉で溶かした鉄に炭の粉を混ぜて鋳造するが、この鋳造の際に炭素が抜け、表面にごく小さな孔ができる。この孔に油がしみこみ、肉や野菜などを焦げ付かすことなく、しっかり焼き上げることができるのだ。知人から「フライパンを作ってみたら」と勧められた錦見さんは、気軽な気持ちで製造を試みることにした。

非常識への挑戦

やるとは答えた錦見さんだが、強度を保つために最低4~5mmの厚さが必要な鋳物でフライパンをつくれば重量は3kgになる。

毎日、本業を終えた後で、厚さ2mmのフライパン作りに着手したが、鋳造段階で穴が開いてしまったり、ヒビが入るなど、うまく成形できなかった。鉄鋳物に数%含まれる炭素やシリコン、マンガンをコントロールすることは容易ではないし、鋳造の際の火力や大気中の水分量の違いなども出来不出来を左右するなど、不確定要素が多過ぎた。

シェフが認めた革命的フライパン

原材料の成分や配合のバランスを変えるなど、試行錯誤を繰り返した三年後、錦見さんは、厚さ2mm、重さ1200g、直径26cmのフライパンを完成させた。

錦見さんは、日本屈指のホテルで料理長を務めるシェフに完成品を持参、一週間使用してもらい、火加減が難しいフォアグラやオマールエビでも、うまく火を通すことができ、格段においしくができあがったとのお墨付きをもらった。

こうして錦見さんのフライパンは製品化され、口コミから評判となりTVや新聞でも紹介されると、会社の電話回線がパンクするほどの注文が殺到した。しかし狂騒は数ヶ月で終わってしまう。「女性が使うには1200gでも重い」のだった。

さらなる挑戦

錦見さんは、厚さ1.5㎜のフライパンを作ることを決断する。

僅か0.5㎜の違いが、厚い壁だった。0.5㎜薄くすることで、鋳造時にどうしても穴があいたり、ひびが入ってしまうのだ。試作しては失敗を繰り返す日々が続いた。そんなある日のこと、彼は、間違えて鉄に混ぜる炭の量を通常の2倍にしてしまった。しかしこれが怪我の功名となった。二倍の炭が溶鉄にバランスよく行き渡り、鋳物の表面にまんべんなく小さな孔ができることで、成型時の穴やヒビの問題が解消され、遂に0.5mmの壁を突破。2002年、試作から約10年の歳月を経て、厚さ1.5㎜、重さ980g、軽いのに強度があり、しかもおいしい料理が作れる理想的なフライパンが誕生した。

こうして出来あがった魔法のフライパンは、今も売れ続けている。昨年量産体制を整え、納品待ちの時間をほとんどなくした。現在は海外からの問い合わせも増えているという。「常識にとらわれていたら、このフライパンはできませんでした」錦見さんは言う。「非常識なことをしてみて初めて見えることもあるんですね」

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